「魂(こころ)」を見直そう・・・豊かな社会の忘れ物
去る1月25日、
まだ記憶に新しい「秋田連続児童殺害事件」に
対する論告求刑として、
秋田地検が畠山鈴香容疑者に対して出された求刑は死刑。
一般的に2名の殺人でしかも初犯であることを考えると、
人情的には理解できるが、厳しい求刑ともいえる。
しかしながら、愛娘彩香ちゃんに対する日頃の養育状況・・・
男性を家に引き込み、愛娘は家にも入れてもらえず、
近くの商店でカップラーメンを買わざるを得ず、
衣服や体は垢にまみれ頭髪は異臭。
また、愛娘の殺害を目撃された可能性のある
近隣の同級生もその後、自らの殺人の口封じとして殺害。
殺害に至るまでの容疑者の経緯もさることながら、
凄惨な事件性を考えると、当然の求刑といわざるを得ないといえよう。
あれから2年近く経つが、
毎日のTVや新聞の報道を見る限り、
肉親同士による血で血を洗うような事件が後を絶たない。
今日のニュースでも父親が、妻と娘を絞殺し、
長男長女に切りつけるという事件の報道が流れている。
警察白書を見ると、平成18年度の殺人事件被害者
1,155名のうち、542名が親子・夫婦・兄弟・肉親により
殺害されているという。
私たちと同じ日本人の家庭の中で・・・。
一体、どうなっているのだろうか?
私が幼少の頃、両親や祖父母に対しては、
孝行を尽くさなくてはいけない。
目上に敬意を払うといった教育は、
家庭でも学校でも行われていたし、
子供を持つ親となった、今日現在、
帰宅し、息子の寝顔に思わず微笑み、
軽くその小さな頬に自分の口を寄せ、
至福の時間にこころを安らげ、
家庭のありがたさを実感する。
至極当たり前のことが、現在なくなったとは言わないが、
世の中どこかで歯車が狂ってきてはいないだろうか?
携帯やネット、さまざまなアミューズメントの発展により、
子供から大人まで余暇の楽しみ方、
情報の入手の方法が多様化し、
有用無用の情報が氾濫する現代社会においては、
極度の個人主義が横行し、「自由」をはき違えて理解する人が増え、
価値の多様化や激動する時代背景の中で、
ワーキングプアー、ストレスによる心の病の増加など、
さまざまな問題がそうした、
我々日本人の心を侵食する原因となっているのかもしれない。
こうしたことが、どれだけ、凶悪犯罪だけでなく、
その他多くの軽犯罪や社会問題などさまざまな分野に
影響を及ぼしているように思えてならないのである。
従って、真の幸せと平和を私たちが求めるのであれば、
今もう一度、私たちの心の奥底に流れる「魂(こころ)」を
見直してみる必要があるのではないだろうか?
すなわち、私たち日本人とは、
武士道に見る仁義礼節だけではなく、
感謝や思いやり、謙譲心や、
「もったいない」に代表される資源の保全などの
自然との共生するこころなど、
豊かな精神性を持った民族ではないかと私としては信じてやまないのである。
しかしながら、今日では、子供は親を無視し、
疎んじ、親は子供に対して過保護になったり、
或いは親自身の都合を子供に押し付けたり、
回りの人間への配慮を失い、
自然や自然神に対する敬愛や畏怖を忘れ、
自由や個人主義を通り越して、
自分勝手で我侭な行動が当たり前になりつつないだろうか?
何故だろうか?こんな素朴だが、重要な問題に今年、
私は当青年会議所に「魂(こころ)の共育委員会」を設置し、
日本人の持つ精神性や心の豊かさ、品性など、
こころの内奥について研究を重ね、市民と共に考え、
我々日本人の本来持っている「日本人の魂(こころ)」を
取り戻す運動を展開して行きたいと考えている。
そして、私たちが物質的に豊かになるだけでなく、
心の内面からも真に豊かな生活を送れるように提言して行きたい。
まだ記憶に新しい「秋田連続児童殺害事件」に
対する論告求刑として、
秋田地検が畠山鈴香容疑者に対して出された求刑は死刑。
一般的に2名の殺人でしかも初犯であることを考えると、
人情的には理解できるが、厳しい求刑ともいえる。
しかしながら、愛娘彩香ちゃんに対する日頃の養育状況・・・
男性を家に引き込み、愛娘は家にも入れてもらえず、
近くの商店でカップラーメンを買わざるを得ず、
衣服や体は垢にまみれ頭髪は異臭。
また、愛娘の殺害を目撃された可能性のある
近隣の同級生もその後、自らの殺人の口封じとして殺害。
殺害に至るまでの容疑者の経緯もさることながら、
凄惨な事件性を考えると、当然の求刑といわざるを得ないといえよう。
あれから2年近く経つが、
毎日のTVや新聞の報道を見る限り、
肉親同士による血で血を洗うような事件が後を絶たない。
今日のニュースでも父親が、妻と娘を絞殺し、
長男長女に切りつけるという事件の報道が流れている。
警察白書を見ると、平成18年度の殺人事件被害者
1,155名のうち、542名が親子・夫婦・兄弟・肉親により
殺害されているという。
私たちと同じ日本人の家庭の中で・・・。
一体、どうなっているのだろうか?
私が幼少の頃、両親や祖父母に対しては、
孝行を尽くさなくてはいけない。
目上に敬意を払うといった教育は、
家庭でも学校でも行われていたし、
子供を持つ親となった、今日現在、
帰宅し、息子の寝顔に思わず微笑み、
軽くその小さな頬に自分の口を寄せ、
至福の時間にこころを安らげ、
家庭のありがたさを実感する。
至極当たり前のことが、現在なくなったとは言わないが、
世の中どこかで歯車が狂ってきてはいないだろうか?
携帯やネット、さまざまなアミューズメントの発展により、
子供から大人まで余暇の楽しみ方、
情報の入手の方法が多様化し、
有用無用の情報が氾濫する現代社会においては、
極度の個人主義が横行し、「自由」をはき違えて理解する人が増え、
価値の多様化や激動する時代背景の中で、
ワーキングプアー、ストレスによる心の病の増加など、
さまざまな問題がそうした、
我々日本人の心を侵食する原因となっているのかもしれない。
こうしたことが、どれだけ、凶悪犯罪だけでなく、
その他多くの軽犯罪や社会問題などさまざまな分野に
影響を及ぼしているように思えてならないのである。
従って、真の幸せと平和を私たちが求めるのであれば、
今もう一度、私たちの心の奥底に流れる「魂(こころ)」を
見直してみる必要があるのではないだろうか?
すなわち、私たち日本人とは、
武士道に見る仁義礼節だけではなく、
感謝や思いやり、謙譲心や、
「もったいない」に代表される資源の保全などの
自然との共生するこころなど、
豊かな精神性を持った民族ではないかと私としては信じてやまないのである。
しかしながら、今日では、子供は親を無視し、
疎んじ、親は子供に対して過保護になったり、
或いは親自身の都合を子供に押し付けたり、
回りの人間への配慮を失い、
自然や自然神に対する敬愛や畏怖を忘れ、
自由や個人主義を通り越して、
自分勝手で我侭な行動が当たり前になりつつないだろうか?
何故だろうか?こんな素朴だが、重要な問題に今年、
私は当青年会議所に「魂(こころ)の共育委員会」を設置し、
日本人の持つ精神性や心の豊かさ、品性など、
こころの内奥について研究を重ね、市民と共に考え、
我々日本人の本来持っている「日本人の魂(こころ)」を
取り戻す運動を展開して行きたいと考えている。
そして、私たちが物質的に豊かになるだけでなく、
心の内面からも真に豊かな生活を送れるように提言して行きたい。



