2008-02

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閏・・・うるうる・・・潤

 2月29日…明日から3月となり、春も本格化する。最近の気温の変化を見ても、最低気温がマイナスとなることが少なくなり、逆に最高気温は10度を超える日が続いている。日差しも強くなり、日照時間も大分長くなった。

 2月29日…今年は閏年。閏年には、オリンピックが開催され、今年も日本選手の活躍が期待される。

 不思議なことに、来月に行われるであろう卒業式には国旗の掲揚や国歌「君が代」の斉唱が軍国主義を髣髴とさせるのか?問題視されたり、拒否反応を示す方がいるが、オリンピックの時は、そのような方も国旗や国歌について声を潜め容認(時には推奨?)する。
 
 オリンピックの最中に、国旗の掲揚や国歌の斉唱反対理論を繰り広げたら、多分大変な騒ぎになりそうであるが…

 国旗と国歌…私は日本国民として、当然のことながら、必要なものであると思うし、何の不満もないし、国旗の掲揚を行ったり、国歌も声を出して堂々と歌うし歌うべきであると考えている。

 青年会議所でも同様、例会などの公式行事にはJC旗と国旗の掲揚を行い、記念式典などの式典などでは国歌も歌う。

 ところで、2月29日に誕生日を迎える人は、年を取らないのであろうか?例えば1972年生まれの人は、今日で、9歳!?
 
 1972年生まれの弟に聞くと、1972年2月29日生まれの友人の誕生日は閏年以外の年には3月1日にお祝いするそうである。法律上の取り扱いはどうなっているのか一寸気になる。2月生まれが3月扱いになるのだろうか?

 閏年ということで私は今年理事長職を1日、昨年や来年の理事長さんより長く務めることになる。仕事で言えば営業日が1日多くなり、大変助かる。…月給をもらう従業員は逆に1日ただ働きかもしれない。

 受け取るほうと、逆の立場では全く考え方が変わる。これは、世の常だ。大概の紛争・揉め事は、そうした場合に起きるのだろう。以前にも記載したことがあるが、逆の立場、相手の立場を考えれば、多分お互いに妥協や納得にたどり着くことが出来ると思う。
(相手=合いの手=愛の手…一人では何も出来ない)

 物事を見る場合にも、それは言える。のどが渇き、水に飢えた砂漠の真ん中で、コップに半分水があるとしたとき、半分しかないと考えるのか?まだ半分あると考えるのか?物質的な量は一緒でも、気持ちは大分変わるはずである。

 気持ちが変われば、行動が変わる。行動が変われば結果が変わる。結果が変われば、まわりが変わる。まわりが変われば、人生が変わる。

 さて、哲学的…ではなく、禅問答みたいなことは一寸置いておき、閏年は皆さんご存知だろうが、他に「閏」を使うことがあることをご存知だろうか?

 記憶に新しいのは、「閏秒」。最近では2005年12月31日にあった。つまり2005年12月31日の1日だけ1秒長かった。

 原理は、電子時計で計測している時間と、通常1日と考えられている地球の自転の周期のズレを時々直す作業が時々行われ、このようなことが起きる年がある。1972年に実施されて以来、2005年まで23回行われた実績がある。

 まあ、秒くらいであれば、体制に影響は無いが…実は旧い書物を読むと、「閏月」と言う表記がある。月が1ヶ月多い年があるのだ!!

 それは太陰暦の12ヶ月=354日、太陽暦は通常365日。従って11日太陰暦が短いので、約3年に1度その調整を行い、ズレを解消するのだという。

 ということは、3年に1回月給者は1ヶ月のボーナス?が出る。年俸制は?リース料の支払はどうなるのか?

 しかし、日本でも明治5年までは太陰暦を使用しており、明治5年は12月2日で終了(何と明治5年は1年が320日余りしかなかった)。翌日(旧暦明治5年12月3日?)から、太陽暦で明治6年1月1日となった。(どうも、明治政府は明治5年の役人の給与を13か月分払いたくなかったらしい)

 また、それまで使われていた太陰暦は天保暦(天保とは江戸後期の年号)、その前は寛政暦、更に宝暦暦、貞享暦…と数十年に一度「暦」が変更されていたらしい。暦の変更は日本史で勉強した記憶がかすかにあるような気もするが…改めてびっくり。

 今年は、閏年…これに水を加えて潤い豊かな年となるよう、精一杯取り組んで生きたいものだ。
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我々の生活圏は?

 最近の強風…本当に嵐のような…には、閉口する。思わず背中を丸めてしまう…この程度でいいなら、世の中も平和なのだが…

 この強風の影響と思われる災害がみどり市で発生してしまった。大間々の中心街での6件を巻き込む大火が27日に発生してしまった。

 どうも、老舗の豆腐屋での油揚げ製造中の事故が原因のようであるが、高齢社会の影響もあるのか?折からの強風に煽られ、近隣に延焼してしまったとのこと。

 本災害の被害者の皆様には、ご同情申し上げる。

 昔から、泥棒は金目のものしかもって行かないけど、火事は全て持っていく…というが、本当である。まだ暫く、乾燥した強い風は続くと思われるので、是非皆さんも気をつけていただきたい。

 さて、今日、桐生・足利・館林・太田・佐野・おおらかの青年会議所で結成している、両毛地域青年会議所協議会(6JC)の全体会議が開催される。

 情熱に燃える新井会長(佐野JC)による熱い所信表明、そして何より我が桐生青年会議所より、地域創造委員長として出向してくれている、小林義晴君の委員会方針の発表に大いに期待している。

 東毛~西栃木にいたる、両毛地域…両毛と言う言葉は、JRの路線名や東武鉄道の特急の名称だけではなく、この地域では普通に使用するくらい馴染み深い言葉。

 実際の生活圏を考えると確かに、佐野や太田でのショッピング、繊維業界での桐生・足利を中心とした繋がり…距離的な近さに加えて非常に身近に感じる地域性がある。

 我々青年会議所…6JCでは両毛地域の繋がり…特に生活圏としての交流を中心に文化的な事業や地域活性に向けた事業を中心にこれまでも活動してきたし、これからも活動していくことになろう。

 平成の大合併…そして、次は道州制ということを考えていくと、この地域70万人の人口と自動車部品や機械工業を中心とするこの地域の産業について…こうした動きもただの交流にとどまると言うこともなくなってくるのかもしれない。

 夢のある、壮大な話ではあるけれども。県境をまたいだ内陸部に、これだけの中堅都市が集まっており、しかも、それぞれが生活圏として、そして産業面でも繋がっている地域と言うのは全国でも珍しいのではなかろうか?

 もともと、県境とは、勿論古くからの生活文化圏や、その土地の領主の領土だとかによって分けられたものかもしれないが、一方で、人為的に、政治的に決定したと言う側面もあるのではないか?

 そう考えていくと、何だか可能性が出てくるような気がしてくる。皆さんはどう考えるのだろうか?

 最後に、今年はこの地域も花粉前線に飲み込まれてしまったようである。幸い私は殆ど花粉症の症状は現れていないが、既に罹患している皆さん、是非気をつけていただきたい。今年は昨年より大分飛散する花粉量は多いとの事。

 うがいや洗顔、マスクといった対策、そして最近話題に上がっているヨーグルトなど様々な対策で是非とも乗り切っていただきたい。特にこの時期そうした症状により、注意力が散漫になる可能性もあり、思わぬ事故には充分にお気をつけいただきたい。

つれづれなるままに・・・

いやいや、昨日の嵐には、びっくりしました。

 昨日臨時常任理事会を開催して、3月理事会に向けた協議を行っていたら、突然の嵐が…先週末の地吹雪の悪夢がそこにいる全てのメンバーの脳裏をよぎる…

 誰彼というわけでなく、寒さを忘れて窓を開け、天候の確認…雨だ!

 先週末とは違った。寒気団の影響なのだろうけど、ほんの一寸だけ、春に近づいたから雪と雨の違いがあったのだと思う…思いたい。

 長時間の会議が終わり、そろそろ新聞配達のバイクが走り出す頃、帰途に着いたが、やはり嵐は結構な勢いであったようで、看板やダンボール、枯葉や小枝…色々なものが路上に散乱していた。これから開催される理事会…JCの事業や仕事の前触れでなければいいのだが…

 ところで、ここ数日隣国情勢の動向が目まぐるしい。

 韓国では、ノムヒョン大統領に代わり、2月25日にイ・ミョンバク大統領が就任。
暫く続いた北朝鮮への太陽政策が終焉する。…新大統領は手のひら返すようなことはないとの発言ではあるが、今までとは変わる可能性が高いのでは?

 早速福田首相が訪韓、大統領と会見すれば、米国のライス国務長官は訪中し、楊外相と会談。いずれも気になるのは、遅れている「北朝鮮の非核化」の進捗状況らしい。

 一方で、興味を惹いたのが、米国名門オーケストラとして知られるニューヨークフィルハーモニーが訪朝し、記念コンサートを行ったという記事。

 両国の国歌や朝鮮の民謡「アリラン」などが奏でられ、両国の緊迫した雰囲気とは違うメロディーと時間が朝鮮の地で流れたというのである。

 過去にはフィアデルフィア管弦楽団やボストン交響楽団が中国やソビエトを訪問し、国交正常化や首脳会談の実現に向けて一役買ったなどいう味な…いや聴な?オーケストラ外交があったというのには驚きである。

 隣国として、わが国も、毅然とした姿勢は勿論必要だが、何の罪もないのに不自由を迫られている両国民、特に我々と生活圏を共にする、在日朝鮮人の皆さんにとってもやはり、国交正常化や融和は心の叫びである。

 昨日は、二・ニ六事件について記載したが、こうした外交…直接的な影響力はないかもしれないけど…が一役買っているとすれば、本当に音楽というものは国境を越え、主義主張を超える…こころにダイレクトに響くものかもしれない。

 少なくともフルオーケストラの一団(百名近いのか?)が遥か彼方の北朝鮮まで多くの楽器とともに渡って演奏をするのだから、並大抵のことではない。

 ところで、先日やはり記載した、鈴木宗男議員であるが、第二審でも有罪判決。先日の素晴らしい講演を聴いた後でもあり、一寸ショック。

 政界では、同議員や新党大地が獲得した四十数万票に食指が伸びているようだが、何はともあれ、彼の信念が真実だとすれば、なんとも勿体ない。最高裁で有罪が確定してしまえば、失職し、その信任票は全て無駄になってしまう。何て勿体無いことだろう。

 
 最後に私事で非常に恐縮だが、今日、「初体験」をしてしまった。

 FMきりゅうに生出演した。私事というのは、青年会議所理事長としてではなく、会社社長ということでの出演であったということなのだが…

 初めて訪問した、スタジオは、桐生ガスプラザ3階にあった。

 スタジオの隣の控え室?待合室兼事務所には、大きなカウンターにたくさんのチラシが。多分放送合間のPRの要望とか、訪問者への配布用なのだろうけど、数十種類のチラシ。タウンスタジオらしさが感じられた。

 なれたジョッキーに助けられ20分の生放送は無事終了し、一件落着。以外にスンナリ!?

 帰途改めて感じたのは、もっと青年会議所としてもこうしたタウン放送を活用しJCの事業をPRしていかなければ…という改めて…というか、いまさら…の実感。

 今後、我々(社)桐生青年会議所の事業も市民の皆様に向けたモノが多いし、真剣に考えていく価値は充分ありそうであった。

 今日はこれから、秋のイベント・ファッションウィークに向けて関係者とざっくばらんな打ち合わせに出席。今年は青年会議所としてどうお役にたっていこうか?楽しみである。
皆さんのご期待は?

2月26日 72年前は?

 2月26日、今から72年前の今日、日本の歴史上非常に重要な事件が起きている。二・二六事件である。

 以前に私の見た歴史映画の中では、その日は、雪がシンシンと降る夜であったような記憶がある。今日も、天候は曇っており、これから、降らなければいいが…

 二・二六事件といえば、欧米列強の狭間で苦しみ、国際協調の道を探ろうとしていた当時の政府に対して、陸軍士官・下士官が立ち上がって起こしたクーデター。岡田首相を始めとする政府閣僚他を襲撃し、3名の閣僚・高官を銃殺、一時東京中心部を占領、この事件をきっかけに軍国化への道を更に…といった歴史観があろう。

 しかし、北一輝に心酔した、安藤輝三以下の陸軍将校、下士官は、どんな気持ちで事件を引き起こしたのだろうか?また、1,400名を超える現役兵士は何故整然とクーデターを起こし首都を占領出来たのだろうか?

 もう少し事件を詳しく見ていくと、2月26日未明に複数の閣僚・高官をターゲットにした反乱軍は、それぞれ将校の率いる隊に分かれて岡田首相を始め7名の閣僚や高官を襲撃。

 結果として、高橋是清蔵相(第20代総理)、斉藤実内大臣、渡辺陸軍教育総監を殺害、後の首相である鈴木貫太郎侍従長は重症を負い、九死に一生を得る。岡田首相、牧野前内大臣、後藤内務大臣は奇跡的に難を逃れる。

 その後、反乱軍は陸軍省を始め参謀本部、朝日新聞東京本社などを襲撃、永田町・霞ヶ関を始めとする東京の中枢部を制圧、占領した。

 そして、「下士官兵ニ告グ…」に始まる降伏勧告を自分たちの奉ずる天皇陛下の勅命と捉えて、自分たちの占領した、東京首府を放棄し、3日後に反乱軍が投降し事態は漸く収束に向かう。

 軍事的に考えれば、これを制圧することは当時の政府としてもかなり厳しい事態であったかもしれないし、何よりも更に多くの貴重な血が流れたことであろう。

 これを一部の反乱分子によるクーデターと済ませるには、何故か疑問が残って仕方がない。1,400名という動員数、手際よい暗殺と占領、襲撃の正確性…彼らに協力した多くの民間人と、黒幕と称される政府高官や軍部高官。

 正否は別として、天皇制と言いながら、それを取り巻く政府閣僚の不透明な政治への不満や、天皇制を「親政」であるべきとする純粋な気持ち、国を純粋なものにしようとする何かがあったのではと思えてならない。

 確かに、3名もの閣僚高官を失い…歴代宰相として、そして稀有の蔵相として名高い高橋も散る…多くの警護の警察官や憲兵、民間人が犠牲となり、20代~30代の十数名に及ぶ事件首謀者及び民間人が刑死もしくは自決により命を落とした。

 非常に悲しい事件であるが、しかし、憂国の想いから、純粋に昭和威信断行・尊王討奸を掲げ、危険を顧みず、国家のためになると信じて起こしてしまったクーデター。

 当時の時代背景として、昭和恐慌の爪あとが生々しく残り、中国出兵は泥沼化し、日本は孤立への道を歩みながら、それでも、外圧への妥協と戦争の判断が出されない現状。大東亜戦争会戦の5年前。国民の疲弊が慢性化してきている現実。

 正しいとは断じていえないが、その姿を否定だけの判断で済ませることが出来ないのは私だけであろうか?

 勿論、武力ではなく、言論に訴え、話し合い、事態の妥結を図ることが重要なのは当然だ。ただ、現代において、彼ら反乱兵士…或いは反乱兵士の存在を知りながら、散っていった政治家などのように、滅私、そして国家に一命を報じる覚悟を持った人がどれだけいるのだろう?と考えると今の平和ばかりを一途に喜ぶばかりではいられないのでは?と思えてくる。

 よく、幕末の志士というもの…例えば、坂本竜馬であるとか、西郷隆盛…などなどの憂国の情を賞賛し…確かにやり方やら、考え方も受け入れやすいのだが…時代背景を考えるとこの事件も少し似た部分があるような気がしてならない。

 それから72年後、我々はどうだろう?勿論武力は絶対駄目としても、自分だけ…といった個人主義を掲げているだけでよいのかどうか?自らを見つめなおすべきではないか?

 「私」ではなく、「公」を考える、必要なこととは思えないだろうか?

 国粋主義とか、軍国主義を推奨するわけでは決してないので、誤解しないでほしいのだが。

我々JCの進化と伝承は?

 今年は、本当に寒いですね。先週は、いよいよ春も近いのかな?と思うような天候が2-3日続いたと思ったら、春一番と一緒に週末の嵐。
 
 土曜日の夜、(社)日本青年会議所 環境教育実践委員会が太田の地で開催されるということで、我々桐生JCからも2名の出向をさせていただいており、応援に駆けつけたのだが、夕方家を出るとき、昼間とは違った、余りの寒さ風花が飛んでいるのをみて、いやな予感がしていたのだが…朝起きてびっくり。

 遠路より太田まで駆けつけてくれた、委員会メンバーは無事帰途に着けたのだろうか?一寸心配ではある。

 ニュースでは、太田地区を始め、近隣でも多くの暴風の被害があったようだが、社屋の旧い当社も例外ではなかった。外回りのシャッターや門扉など軽微ではあるが、いくつかの綻びが出ていた。また、日曜日の朝、まだ嵐…まるで地吹雪のような…の最中、ガスの供給が途絶えた。

 会社の被害も軽微であったので、復旧はすぐに出来たし、自宅のガスもガス会社の休日電話サービスの的確な指導により、すぐさま復旧したのだが、やはり近年まれに見る天候。自然の力は侮れない。

 さて、先週末にも記載したが、2月第一例会「豊かな社会のわすれもの」では多くの出席をいただき、感謝しているが、実はちょっとした副次的な効果があった。

 それは、先週末…すなはち、例会の翌日に次の事業に向けて、担当委員会の上程による常任理事会の協議がなされた。

 今年は、「真に必要とされ頼られるJCとなろう」ということで、青年会議所内部だけにとどまらず広く市民に対して事業を公開して行こうという方針で運動を進めていっているが、今回上程してくれた委員会がそれぞれ、どのように周知していくか?どのように来て頂いた市民の皆様に例会を理解していただこうか?と今まで以上に構想を深く練ってくれていたことである。

 それは、対象予想人数になって現れたり、周知活動…どのようにチラシやメディアを使って案内していくか?といった工夫に現れたりしていた。考えすぎかも知れないが、ここ数年間、市民の方もご一緒に…といった動きが漸くしっかりと根付いたこともあるだろうし、やってきたことへの自信や、或いは21日の最初の例会を受けて、感じるものがあったのかもしれない。

 いずれにしても、まだまだ荒削りな部分は多分にあったが、もう一度練り直して明日の臨時常任理事会での再上程にどのような資料があがってくるのか、非常に楽しみでならない。

 やはり、仕事でも、スポーツでも何でも共通すると思うのだが、何かやろう、壁を乗り越えようとするときの、決意や信念…そして企画や準備…それぞれ最も大切なことであるのは間違いないが、まずはやってみること、体験してみる事、そして、何より、一部でも、少しでもいいから、評価に値する成功体験を見せ、応援し、自信を持ってもらうことが何より大切なのだろうと実感した。

 だから、前例を打破して、最初にやろうと決意し、企画し、準備を進め、様々な障害を乗り越えることは非常に難しいのもまた真理であるのであろう。

 そんな意味でも、今日、2つの特別委員会…会員拡大特別委員会と次代創造特別委員会が開催されるのだが、2つの特別委員会もある種パイオニアとして頑張ってもらいたい。

 それは、ここ暫く達成できていない、30名の新入会員の獲得…時代と少子化、そして時代背景的にも決して楽ではないが、青年会議所の灯火を次につないでいく…出来れば発展的に…の為にはどうしても、会員拡大は必須。既に色々と新たな試みを行ったり、企画しているが、その成果がどのように出てくるか?

 そして、もう一つ。我々(社)桐生青年会議所も社団法人格を持つ「公益法人」であるが、その公益法人を取り巻く環境が大きく変わってくる。既に関連する公益法人制度改革に伴う、関連法規が整備され、詳細がまもなく決定・公表される。

 そのように法律が変更されようとも、我々はその法律の下、「より公益性を高め、地域の社会変革者」でなくてはならないことに変わりはない。

 新しい法律の下で、どのようによき伝統や前例を守り、そして、より公益性を高めるべく、市民の皆様の信頼してもらえる団体でありつづけるか?今年1年かけて次代創造特別委員会を中心に議論がなされ、方向性を出して行きたい。

昨日の事業について

 昨日は、群馬ブロック協議会会長公式訪問と、公開例会「豊かな社会のわすれもの」が同日となる、大変忙しい1日であった。

 午後5時からの群馬ブロック協議会会長訪問に先立ち、午後3時過ぎから、準備とリハーサルのために、続々とメンバーが集まり、丁寧にそして、手早く準備が整えられ、リハーサル実施。

 定刻には、群馬ブロック協議会亀田会長を始めとする群馬ブロック役員、(社)前橋青年会議所佐伯理事長から、(社)おおらか青年会議所川島理事長まで認証番号順に各地会員会議所理事長が着座し、お迎えする我々(社)桐生青年会議所のメンバーも着座。一同の顔に緊張の糸がピンと張る。

 定刻に会議が重々しく始まる。スケジュールどおりに次第が進み、いよいよ、メイン・亀田会長からの(社)日本青年会議所基本方針の説明。基本方針の文章ではなく、噛み砕いた表現と、具体的な運動について、歯切れ良く分かりやすく方針の説明が述べられた。

 わずか10分の説明ではあったが、ずっしりと、そして重い、しかし、とても分かりやすい基本方針の説明がなされた。亀田会長も少しばかり緊張されたのか、額の汗を拭い、続いて3人のブロック委員長の方針説明。
  
 その後、桐生側から、私のたどたどしい基本方針に続いて、更に緊張した委員長が精一杯限られた時間の中で必死の説明。まだ、場慣れしていない、新鮮な緊張感が漂った。

 一連の訪問の中で、私は、「JCらしいなにか」を見つけられたような気がした。それは、亀田会長の素晴らしい説明とJC運動への理解、そして何より、必死の準備の何割が説明できたか?でも一生懸命伝えようとする桐生JCの若き委員長の姿。そして、勇気を持って亀田会長始めブロック役員に質疑。何事も経験である。

 確かに日中の時間を使っての公式訪問と役員懇談会。略そうと思えばやり方はあった。ただ、あくまで重々しく、桐生JCらしく形式を整えて行った緊張した会議。お互いに…いや、桐生側の経験の足りない若いメンバーには何者にも変えがたい良い経験ができたのではないか?

 そして、遠方より、早くからお越しいただいた亀田会長を始めとするブロック役員各位、各地会員会議所理事長を始めとするメンバー各位に我々に素晴らしい機会をいただいたこと、ご協力に心から感謝申し上げたい。

 ブロック会長訪問が終わると全力疾走で、通りを渡って、公開例会場である市民文化会館へ…早速、講師の石本先生にご挨拶と最終の打ち合わせ。どれだけの参加者がお越しになるか不安を抱えて…

 石本先生のお話が始まり、大変分かりやすい…自然に受け入れやすい…語り口でのスタート。心の作用は表現や表情、態度や言動に表れ行動にでる。やがて習慣となり人柄や人格に作用する…色々な極当たり前の話。しかし、どうしても視線を石本先生から話せない。

 以前にも伺ったことのあるような…なんとも懐かしいようなお話。気づくと先生のお話に引き込まれている自分がいた。そしてまわりにも…やがて品性を高めることが何故必要なのか?人の器とその中身の話など色々の事例…当たり前の…になぞらえながら、段々と核心に引き込む。

 そして話は、磨かれた人格の話から、倫理の話へと進み、第一部のクライマックスである品性が人柄を作り上げていくと言う結末に終着点をみた。

 10分の休憩を挟み、話は倫理が、行動を形として表すだけでなく、「形」に心を添えることの重要さに入る。そして、教育の原点が家庭にあり、家庭の躾…親と子の関係、親の背中を見て育つ子供、子供に肥やしを与えながら育てなくてはいけない親のあり方について進む。

 生きているのではなく、活かされていること、感謝の気持ちへと進んでいった。何故こんなに分かりやすいのだろう…決して特別なことは言っていない…多少の冗談に笑いを誘い、心に響いていく…「日本人の和の魂(こころ)」に響いていく。

 そして、後援の最後に語られた、酒乱の父を持つ短大の生徒への一寸したアドバイスとその感激の結末…ふと気づくと、目頭を押さえている自分を発見した。

 青年会議所や様々な機会を得て講演を聞きなれているつもりであったが、魂が動かされた…

 今回、ご高齢を押して遠路福島より電車を乗り継いでお越しいただいた石本先生…そして今日は早朝の電車で青森までご講演に旅立つというご無理を押してのお話…本当に先生への感謝の気持ちで一杯である。

 また、今回100名をはるかに超える市民の皆様にご参加いただき、ご一緒させていただいたが、人それぞれ感じ方は違うと思うが、恐らく何か得るものがあったのではないかと確信している。

 ご参加した皆様に、貴重なお時間を頂戴しお越しいただいたことに対して深く感謝申し上げると共に、是非とも、一つでも、二つでもできることの実践をしていただけたら主催者としてこれに優る慶びはない。

 最後に、今後とも、より良い例会を企画を、事業を皆様にご提案していく所存であるので、是非その際には、改めてご協力戴き、お時間を一寸割いていただけたら幸いである。

一寸だけお時間下さい。今日の例会「豊かな社会のわすれもの」にいらっしゃいませんか?

 昨日、太田青年会議所の公開例会「マスメディアと私」に遅刻してしまいましたが、出席してまいりました。改めて宗男節を聞きましたが、元気を与えられました。とにかく、話としてとても面白かった。

 鈴木宗男騒動の真相は、司法の判断を待つとして、終始、マスコミの行き過ぎた報道、興味本位・視聴者の同情や、同感を導きやすいように演出された報道が多いということを述べられていたが、その部分は大いに賛同できる。マスコミの情報を「正」のみと流されてしまうリスクはどんどん大きくなっていると実感する。

 ところで、最も私が共鳴したのは、かなり臭かったけど「家族への感謝の気持ち」…獄中でくじけそうになった状況での家族の支援とそれへの感謝、そして、何より、最後に述べられていた、「人生は思い通りに行かない。どんなに厳しい状況でも生きていればいいことがまた来る。会社が潰れてもまた再興すればいい、その位の信念もって行えばいい」との言葉であった。人生の栄光とどん底を見て、また這い上がってきた人物の言葉だけに、非常な重みがあった。

 そして、今日は、群馬ブロック会長の公式訪問と役員懇談会、更には今年初めて市民の方々を対象にした公開例会「豊かな社会のわすれもの」が開催される。

 公式訪問の方は、(社)日本青年会議所の方針を亀田群馬ブロック会長より説明してもらい、その後、役員懇談会にて、群馬ブロックの方針や当LOMの方針がそれぞれの委員長から語られる。
 
 我々青年会議所メンバーにとっては、最高の交流の場であるとともに、お互いの信念と情熱に満ちた事業方針をそれぞれ説明しあう。

 群馬ブロックの方から、素晴らしい事業計画を伺い、我々桐生JCのメンバーがより自信と情熱を持って青年会議所に打ち込める機会になれば、本望である。

 また、桐生JCサイドの若き委員長からも基本方針の説明がなされるが、緊張感の下、正々堂々と自分の思いが伝えられるか?一抹の不安もあるが、大変楽しみにしている。是非とも懇親の力を込めて頑張って欲しい。

 また、午後7時から開催される公開例会では、(財)モラロジー研究所の石本先生の講演会が行われるが、極度な個人主義の横行により、忘れられ勝ちな、「魂(こころ)」についてお話いただく。

 現代社会においては、ニート、鬱、血で血を洗うような凄惨な凶悪事件の横行、「偽」に満ちた企業の事件を始め、聞いていて本当に寒くなるような事件を見ることが非常に多くなってきている。

 何故だろうか?

 私は、勿論、激変する社会環境にも大きく影響があるとおもうが、その環境に流され、忘れがちになってしまった、我々の「清い魂(こころ)」にその原因があると思えてならない。そして、それを今年度の桐生JCの基本方針の一端に掲げさせていただき、今日、それを市民の皆様に訴え、共に考えて行きたい。

 もし、我々人間全てが、思いやり、謙譲、尊重、倫理道徳といった、「良い心」に満たされていれば、現代社会の上記問題は起りようがないはずではないか?

 勿論、人間は様々なハードルを乗り越え、たくましく生きていかなければならないし、人間である以上、強い信念とそれに裏打ちされた、主張があって当然。そして、人それぞれ異なるそれが、衝突をすることもあるだろう。

 だが、一寸待って欲しい。自分の考えを100%押し通す前に、自分の前にいる相手の立場、考え、主張を一寸だけ考えて欲しい。それと同時に、自分が押し通そうとするその主張、本当に正しいことなのだろうか?良いことなのだろうか?自信を持って推奨できることなのだろうか?

 頭の中を全て善意の心にすることは、厳しいかもしれないが、でも、自分自身の心の一番奥にある、「魂(こころ)」にそれがしっかりあり、少しでも機能している限り、一寸待つこと、抑えること、反省することは可能なはずである。

 今日、ベテランの石本先生より分かりやすく、実践しやすくそのことが語られることだろう。市民の皆様には、一寸だけ時間を拝借しなくてはならないが、我々青年会議所メンバー一同自信を持ってお勧めする、例会である。是非とも少しだけお時間を割いていただき、足を市民文化会館に向けて欲しい。

 今日の例会での講演に参加していただき、一つでも得るものがあれば、善意に満ちた明るい社会に向けて一歩でも1ミリメートルでも前進できることが出来ると確信している。

コスト削減の被害者は?

 今日は本当に穏やかで暖かく、気持ちのいい晴天だ!本当に久しぶりである。このくらい、何でも気持ちよく行けば人生も楽しくなる。今日は、天気だけでなく、気持ちも楽しい1日でありたい。(脳天気は別として)

 本日、隣の(社)太田青年会議所で「マスメディアと私」ということで、マスメディアに散々苦労させられた?そして新党大地を立ち上げ執念の当選を果たし、鈴木宗男代議士の講演会が太田市学習文化センターで開催される。

 私も、鈴木宗男という汚れたイメージと、北海道という地元への執着とも言える熱い気持ち、そして、マスコミとの関係がどう解き明かされるか?興味がある。内容も今日の天気のようであるのか?
 
 一方で、世間は中々天気のようにそうも行かないようである。

 国では、高騰するガソリンを何とかして欲しい国民感情に呼応し、ガソリン税の租税特別措置法の1リットル25円の撤廃を主張する民主党と道路財源と地方財源の必要性から、存続を訴える自民党との攻防が先月末の議長斡旋以来俄かに浮上してきた。
 
 これに、地方の道路事情や財源不足を訴え、東国原知事をはじめとする知事と言う知事が特別措置法の撤廃に難色を示している。国民も感情的にはガソリンを筆頭に物価上昇の動きと減税の撤廃、所得の伸び悩みによる生活苦と、生活の利便性との立場に悩む。

 要は使い方なのでは?と言いたいが、残る1ヶ月余りの間にそれは実現可能なのか?

 そこでも、具体的な案を出さない両政党がそれぞれ、相手が具体案を出さないと批判しあう。もう何だか本当に分からない。

 桐生タイムスによれば、桐生市も敬老慰労金の見直しや、広報誌の見直しを大幅に行い、市議会議員の俸給引き下げ、桐生市職員の俸給見直しに加えて経費圧縮に動く模様。

 それぞれ受け取る立場から考えると、たまったものではないのであろうし、限られた年金だけで生活する老人のささやかな収入がなくなることは深刻な問題となるし、広報誌が半減すると、タイムリーな情報が得られないとか、情報公開に支障を来たすという問題も当然出てくるだろう。

 ただ、一ついえることは、企業であっても市や国、個人であっても収入と支出のバランスが取れなくては成り立たないし、収入が減少すれば、支出も削減せざるを得ない。

 一つ言っておくが、私は今回の諸所の問題を仕方ない片付けるつもりで言っているわけではない。

 個々の問題よりも、収入はあるもの…交付金は下りてくるもの…今まで認められていたものがそのまま今後もあるという前提は今後の社会では益々厳しくなるだろう。

 現実に、青年会議所として携わっている桐生川美化推進会議でも、当初は事業の必要性や公共性が認められ、群馬県と桐生市の双方から、補助金を得ていたが、数年前に群馬県からの補助金が打ち切られ、桐生市のほうも、年々何割かずつ削減され続けている。

 今までのやり方では、参加者に渡していた記念品も、ゴミ袋も軍手も調達出来ない状況となってしまった。

 しかし事業自体の必要性がなくなったわけでも、認められなくなったわけでもないし、何とか継続を考えていかなければならない問題である。結果として、記念品の見直し等によるコスト削減や、CSR事業の一環とする大企業からの寄付などを募り、事業は続けられる見込みが立った。

 国や地方公共団体の財政問題や、公共事業がこのように一朝一夕に解決するとは当然思わないが、やはり、相当の工夫と努力が必要なことは確かである。

 また、市民としても、自分で出来ることは自分で行うこと、市民として、自ら何が自分の力で出来るのか?行動していくことが今後更に求められる。

 ボランティア団体や様々なNPO法人は年々増えており、今後そうした市民の活躍する場所も機会も増えてくるだろう。また、そうした団体に委託できる事業は委託し、コスト削減を図ってもらいたいものだ。

 私も、今日、自社の付近の防犯パトロールの当番となっている。自治会の自主的な活動である。最近こうした活動を行うメンバーが増加しているようだ。自分たちのまちは自分で守る。そうした市民は5年前に比べて12倍にもなっているとのこと。心強い限りである。

まちゆめ基金と日本の教育

 昨晩、2008年度第1回まちゆめ基金運営会議が開催された。私も、資金運営管理責任者として出席したが、このまち夢基金とは、2006年度に(社)桐生青年会議所が創設した、市民や市民団体がまちづくり等を始めたい…但し、進めようとしても中々実現できない方たちにターゲットをあて、そうした方々の背中を押してあげたい…そんな支援のための基金である。
 
 具体的には、3名以上の市民のグループや団体で、まちづくりに関する事業を対象として、市民が主役であるまちづくりを促進していくことを目的としている。

 基金というと、既に行政や大手企業などがまちづくり団体やボランティア団体等を対象として資金の供与などを行っているが、事業計画書を書いたり、或いはまだ、そうしたまちづくり団体として実績がなかったり、これから始めたい…でも資金もないし、どこに頼ったらいいかも分からない…そんな市民や団体でも、最初の一歩を踏み出せるように出来ないか?と考え設立された。

 すなはち、市民の一寸した意識や思いであっても、青年会議所とともに、より具体性と現実性を高めるべく、企画についてもお手伝いを必要とすれば行い、必要な資金(わずかな資金であるかもしれないが)と、実現するのに必要な人的資源を提供したり、或いは、我々のネットワークを活用して、同じような目的や事業を行っている他の市民団体との協働の可能性を模索することを支援して行きたいと考えている。

 これまで、まちづくりを主体的に行ってきた行政としても、行政任せに出来るような財政的基盤もないし、本来自分たちのまちは自分たちで作っていくという、自助や互助の考え方も市民に投げかけて行きたいし、成功の可能性をより高めていくために協力もし、市民には自身の考えを現実のものにする成功体験と自信を勝ち取っていただき、一人でも多くの市民にまちへの愛着やまちづくりの主体者としての自覚と今後の活動につなげていただきたいと考えている。

 2006年は基金の創設、2007年は初めて2団体に支援を行い、2年目となる今年は、支援する団体の数も、基金の資金総額も増額し、本格的な基金として歩む年としたい。

 そして、将来的には、基金の運営も青年会議所以外の方を交え、基金の原資についても、基金の活動に賛同する協賛企業や協賛者を募って行きたいと考えている。

 もし、読者の中から、本基金に興味を持った方がいたら、是非とも当青年会議所にお問い合わせいただきたいし、近日中に募集要項についてもホームページにアップしたり、チラシやポスターを作製してPRしていく予定であるので、是非ともご覧戴き、挑戦していただきたいと考える。

 さて、全然話はガラッと変わるが、学校教育に関して興味深いニュースがあったので、ご紹介と意見を述べてみたい。

 学習指導要領の改正案が文部科学省で今月取りまとめられたが、それによると、40年ぶりに義務教育における授業数が増加される。特に主要教科(国語・数学・英語等)については、約1割程度の増加となるようだ。

 子供たちや一部の教職員(いないことを望むが…)にとっては、一寸迷惑かもしれないが、近年の日本における教育レベルの低下が叫ばれる中、国力を高めると言う意味においても、子供たちを賢く育てていくためにも、必要なことであると考える。

 かつて、「ゆとり教育」と称して大幅に主要教科の授業コマ数が減らされたり、或いは時代に併せて学校の完全週休二日制が導入されたり、子供たちにとって、いや日本人の基本的権利である、「教育を受ける権利」が侵害されたとは言わないものの、深刻な問題として国民が考え、訴えてきた成果であると思う。

 そもそも、何故子供たちにゆとりが必要だったのだろう?画一された授業内容とか、追い詰められた状況があったのか?それとも、人として必要な情操教育など、通常の学科では会得できないような内容を重視したからなのか?

 近年子供たちが、学校に行く傍ら、塾通いが当たり前のようになってきているが、これも、改めて考えてみれば、学校教育での補修を行なったり、または将来の受験に向けての準備のためなのだろうが、それとゆとり教育とは中々結びつかない。

 むしろ、多くの子供が初めて受験を体験する高校受験。特に私立高校などでは、中学の教科書や授業内容にないところからの出題が余りにも多く、学校に通うだけでは対応できないので、塾に通う必要性が出てくることもあるのかもしれない。

 いずれにしても、子供の本分は良く学びよく遊ぶこと。学校は勉強するためにあるわけである。また、春・夏・冬にはそれぞれ長期休暇が設けられている。

 今の先生は部活やらなにやらで非常に多忙だとも聞くが、是非とも教師という聖職を「単なる仕事」として日々処理することなく、これからの将来を担うかけがえのない子供たちを撫育するのだという強い信念の下、指導にあたって欲しいと切望する。

有権者としての正しい選択とその検証

 この週末は色々な出来事があった。

 フィギュアスケートでは、四大陸フィギュアスケート選手権で、浅田真央選手、高橋大輔が見事優勝を果たし、応援する日本国民の心に感動を与えてくれた。

 また、東京マラソンでは、3万人の選手市民が自分との戦いに挑んだ。私が特に感動したのは、42.195KMのフルマラソンにもかかわらず、97%以上の参加選手が完走したことである。7時間という制限時間を考えると、歩くだけではかなり厳しいのにだ。

 群馬県では前橋市長選挙が開催され、現職の高木氏が再選を果たした。自民党支持の金子氏との接戦の末。

 4年間の市政への評価や現職の強さからなのか?それとも、躍進する民主党の支持からなのか?明確にされた、マニュフェストへの支持の現われなのか?

 まあ、私がここで、論評することは相応しくないと思うので、コメントは差し控えますが、ただ、一つだけハッキリと言える事は、今回の選挙も(社)前橋青年会議所主催の公開討論会が実施され、市民に候補者の主義主張が明確にされ、市民に自らの意思で投票行動を取ってもらえるようになったことであろう。

 それは、様々な形となって現れている。
 
まず、投票率。前回48.83%から今回52.40%にUPしていることである。これは、国民の権利である参政権をより多くの市民に行使させる結果となって現れた。

 確かに、現職と現職県議との事実上の一騎打ち、それぞれ、大きな政党の支持を取り付け市民の関心も強くなったからかもしれない。ただ、政治離れ傾向が強まる現在、これほどの投票率がUPしたことと、公開討論会の関連は大きいのではないか?

 次に、両候補とも、明確なマニュフェストもしくは、公約を掲げて臨んだと言うことである。かつても全くなかったわけではないが、詳細にわたる市政方針がそれぞれ明確に提出され、有権者が誰でもそれを見て判断できたということであり、それが一番大きな公開討論会の成果であると考える。

 今や、政党レベルではなく、国会議員や首長選挙の際には、公開討論会が開催されることが非常に多くなり、明確なマニュフェストが出されることが当たり前のようになってきた。

 以前であれば、様々な圧力や、候補者が出席を拒むなど、公開討論会開催に向けて数多くの障害があったが、(社)日本青年会議所や、各地会員会議所等の熱意と行動がこの結果に結びついたと言えよう。

 2006年度に(社)日本青年会議所主催の勉強会では、そうした問題への対応や、様々な圧力への対処方法についても説明があり、「勇気」を持って対応して行こう!と勉強会出席者にエールが送られたものだが、今や、公開討論会に出席を拒否する候補者が激減している時代になり、市民にもそれを期待され、浸透した。

 今年、我々(社)桐生青年会議所を取り巻く地域環境では、公開討論会の開催をする機械はないかもしれない。(国会のネジレ現象で空転が続き、解散総選挙でもあれば、別だが)

 しかしながら、我々が主催した過去2回の公開討論会での公約が、当選後2年が過ぎようとするみどり市長、1年が過ぎようとする桐生市長それぞれ、どのように果たされているのか?或いはその後の状況の変化により変更せざるを得なくなっているのか?まさか公約を違えてはいないか?検証をしていきたいと考えている。

 すなはち、青年会議所として、公開討論会を開催し、候補者のマニュフェストや市政方針を市民に選択してもらったわけだが、大事なのは4年に1回の選挙というイベントではなく、実際に自分達が選択した首長がその方針を忠実に実行しているかどうか?或いは行ってもらうよう検証し、真に市民の理想に沿って市政が行われているかが重要であると考えるからである。

 また、市民の皆さんには、そうした機会を青年会議所として作って行きたいので、改めてご案内させていただいた際は、是非とも有権者として、自分の投票した結果の検証にご参加していただきたいと考えている。

公開例会「豊かな社会の忘れ物」のお知らせ

 昨日、両毛地域青年会議所会議の第1回理事長幹事会議が、桐生倶楽部にて行われた。今年度最初の会議が、桐生の地、しかも我々の活動拠点である、桐生倶楽部二階大広間で粛々と行われたことは、意義深いことであると思う。

 特に、昨日の会議では、前年度事業報告及び決算、今年度の修正予算について審議されたのだが、その中で、決算のあり方や事業報告の審議のあり方についても、かなり突っ込んで改善していこうとの話し合いが出来たことは大きな前進であった。
 
 ところで、何故、私のような者が、青年会議所活動に魅力を感じて活動を真剣に行えるか考えてみると、やはり、奉仕・修練・友情という三信条になるのだろうが、別の言葉で言うと、その三信条のもとになる、青年会議所特有の蒼臭さ、誠実さ、気遣いにあるのだと思う。

 例えば、自分たちの会費でまちづくりを中心とした全ての青年会議所の事業を行うのであるが、個人の見返りを求めず、ただ只管利他の精神でもって臨む事。

 事業に参加していただく一般の参加者に対して最大の利便を追求し、おもてなしの精神で企画し、運営していく。当たり前のことといえばそれまでなのだが…そのために、夜を徹して、委員会・常任理事会・理事会そして、総会と一つ一つの会議で真剣に細部にわたるまで議論する。

 初めてそれを目にした人には、それは時として非常に馬鹿げて見えたり、今の時代、時間の無駄遣いに見えたりするかもしれないが、我々はまさに「決死の覚悟」ともいえるような誠実な姿勢で議論する。

 そのような蒼臭い気遣いは、決して外部に向かってではない。内部に向かっても、声の大きい人、力の強い人の意見だけで決めるのではなく、少数意見に対しても最大限の配慮を払い、議論は進む。

 そこに至るまで…入会したメンバーには、名刺交換から、挨拶の仕方に至るまで細かく先輩会員より指導がなされ、心遣いの大切さや基本的な考えが脈々と引き継がれる。
そんな世界がいまだに青年会議所にある。

 そんな中、今年のKEY-WORDの一つに「魂(こころ)」がある。日本人であれば、誰でも、思いやり、心遣い、武士道精神に代表される日本人特有の「こころ」があったはずであるが、個人主義が極度に横行する現代社会においては、時として忘れられがちではなかろうか?

 その例示として、毎日のニュース報道や記事を見れば枚挙に暇がないことは明白であろう。

 それで、私は今年度「魂(こころ)」をKEY-WORDのひとつに選んだのである。魂とはSPRITSとも言えるが、心の奥底にある、一番基本的なモノと考えている。そこに改めて焦点を充て、ともすると無味乾燥しがちな、現代人の「心」に訴えて行きたいと思う。

 その「魂」の伝道者として大役を快く引き受けてくれた委員長が二人。

 そして、今回その一人目の委員長…魂(こころ)の共育委員会 竹内元一委員長が多くの市民を対象に公開例会「豊かな社会の忘れもの」を行うことになった。(詳しくは当青年会議所のホームページ及び、桐生タイムス紙の記事(2月14日・本BLOG下に掲載をご参照下さい。)

 講師は、財団法人モラロジー研究所で活躍している「石本俊夫先生」で、人間の行動の根幹にある心に焦点を当て、心遣いの大切さを分かりやすく語っていただく例会である。

 人と人、一番身近な家族同士であっても、親子・夫婦、嫁姑と軋轢が絶えない現代、勿論他人との関係や、取引先との関係…渡世には、気遣い・心遣いにより、問題が絶えず引き起こされ、様々な社会問題へと発展していくことが何と多いことか。

 心のオアシス、人付き合いを円滑にと考える市民の皆さんには是非ともご参加いただきたいと思う。そして、貴重な時間を使って、一つでも身に付くものがあったら幸いと考えている。

 ところで、皆さん、寒い日が続きますが、体調管理には是非ともご注意を!私も一寸体調崩し気味ですが…
記事

今日は何の日?

 今日は、バレンタインデーですね。最近の○○デーというのは、かなり関連業界の宣伝力による影響が大きいと思うが、来るものを拒めないのも、また情けない男性の性か?

 でも、青年会議所はそんな本日でも、JCは委員会を行い、両毛地区のJCで結成している両毛地域青年会議所協議会(6JC)は、基幹の会議である理事長幹事会議が当地桐生で開催される。家庭や将来の家庭の為にたまには…と思うところもあるが…

 昨日の桐生タイムス紙のTOP記事は、韮や餃子の皮の売上が市内のスーパー等で好調であるとのこと。冷凍餃子を買い控える消費者が、手作り餃子を味わうようになったのだろう。

 餃子の皮を買い、ミンチ肉、韮、ニンニクとそれぞれ購入するとなると、冷凍餃子を買うのと比べて何倍もの支出になると思うが、市民の懐は別として、相当の経済効果があると思う。

 特に、国内の農家や国産品を作っていた食品メーカーにとっては、やっと、自分の所の良さに気づいてくれた!と感激しているかもしれない。

 しかし、この国産品ブームが一時的なブームだけで終わることなく、より良い品質の商品を手軽に入手できるように、それぞれ生産者、販売業者も頑張ってもらいたいものだ。

 早速政府としても、内閣府の諮問機関である国民生活審議会にて食品表示に関する規則の明確化や義務化、罰則などについてガイドラインを決めて今後の政策に活かすとの事。

 何事も規則や罰則を決め、がんじがらめにすることは私としては本意ではないものの、ある面致し方ないのかもしれない。しかし、重要なのは、今でもある規則に違反していることが問題なのではないだろうか?

 私の亡くなった祖父は、生前私に、「法律は最低の規則、良識は最善の規則」と説いていたのが懐かしく、また、最低の規則が出来るのか…と残念でもある。

 ところで、我が家では、餃子作りは、親子の絆作りでもある。夕方から、食材を母子で買い求め、家に帰って下準備。そして、母と息子が顔をつき合わせて和気藹々と皮に包む。それぞれの作品を評価しながら、家族全員で味わう餃子は本当においしい。

 繰り返すが、今日はバレンタインデー。出勤前に珍しく見た、TVの何とか占いによれば、今日の最悪の星座は、「さそり座」とのこと。私か!

 何でも、「余りの強気のごり押しに回りは辟易。まわりの声に耳を傾け、相手を受け入れることが肝要」とのこと。毎日私は、最悪の星座なのか?と占いは信じるわけではないが、苦笑い。

 ちなみにラッキーアイテムはサーモンのクリームパスタらしかったが、食べようとパスタ屋さんの前にきたら、「会議です」と専務理事より電話…ハッとなって会議場所であるお寿司屋さんへ。確かに最悪の展開であった。

 しかし、笑っているあなた!ひょっとしてさそり座ではありません!?いやいや星座はともかくです!

日本!このままで大丈夫?

 今朝は、本当に寒く、赤城も、桐生北方にそびえる根本山も吹雪いているのか、雲に覆われその姿が見えない朝の模様であった。日中も本当に身を切るような赤城おろしに震えが止まらない。
 
 それもそのはず、今日は典型的な冬型の気圧配置で、寒気団に日本中が覆われているとの気象情報であった。これが、本来の冬の姿なのか?

 2月4日に、この地域の「雪」について、春の到来の兆しだとか、雨となってしまうのは、異常気象だとかコメントしたが、同様の話題がTVで放映されていた。

 それによると、通常は関東地方まで(南方まで)覆い、雨雲は南から関東地方に近づけず、日本海側の雪雲は山脈を越えて来られないので、冬は晴天が続き、空っ風が吹くのだが、今年はこれまで寒気団が弱く、雨雲が関東南岸に近づいた結果、雪になったり、雨になったりしているようだ。逆に日本側の北陸地方では例年に比べ雪が少ないらしい。

 これも異常気象の一部らしい。南極の上空ではオゾン層が崩れ、北極海の氷は巣凄まじい勢いで解け、砂漠化が進み…といった一連の異常気象は、近代化の負の遺産として、本当に人事でなくなっている。

 昔読んだ書物に、「西洋文化は自然との戦い…自然を克服することの上に成り立ち、日本の文化は、自然との協調…自然と共存することの上に成り立つ」といったものを呼んだ記憶がある。

 また、幕末に漂流し、米国の捕鯨船に助けられ、薩摩を始め日本の近代化に貢献した土佐の漁師である、ジョン万次郎の漂流記にもあるように、当時の捕鯨船は油の取れる鯨の皮膚など必要なところを取ると、赤身の鯨肉はそのまま海に投棄していたらしい。
 
 効率よく蝋燭用の油を採取し油だけを満載して、本国に寄港するためである。油は暗い夜を克服するために西洋にて活用された。
 
 一方当時、土佐湾に鯨が迷い込むと、漁師と言う漁師が協力して追い込み、捕獲した後は、鯨油は勿論、鯨肉から、骨まで余すところがなく持ち帰り、一村が潤うほどであったとも記載されている。

 日本では、水田は天然のダムとなり、手入れされた里山は、材木や薪を採取し、猟師も漁師も、ありとあらゆる産業において、必要な採取を行った後は、次を育てる手段を講じていた。

 先ほど訪問した、みどり市の木工場の管理者によると、最近では里山を管理する林業関係者が少なくなり、間伐を行うこともなくなり、老木が増え、間伐をしても間伐材を山から下ろせないので、放置し、それが、里山を破壊していると惨状を嘆いていた。
生育の早い竹林はもっと悲惨な状況らしい。
 
 衰退しているのは、農業だけではなかったようだ。

 確かに、食料自給率の低下、補助金漬けの農業、被効率的な日本農業、米食文化の衰退と米の消費減少等など根深い問題もある。

 しかし、何故こうなったのか?今の政府の無策も問題だし、自立が出来ず、既に後継者もいなくなってしまった多くの農家にも問題がないわけではないだろうが、少しばかりうがった見方でみると、米国の国策の犠牲になってしまったわが国の農政があるのでは?と思えてならないが皆さんはどう考えるだろうか?

 それは、戦後の農地開放と、小麦の輸入政策にさかのぼる。

 戦後食料危機…飢餓状態にあった日本に米国は小麦を大量に輸出した。始めは支援であったが、条件として学校給食等にパン食を導入したり、小麦を使う西洋料理教室の開催など、積極的に麦食文化導入を実施した。お陰で我々の食文化は膨らみを増した。

 当時生産過多状態にあった米国の小麦の一大消費地としての日本があったことは紛れもない事実とは考えられないか?

 農地解放についても、一部の豪農の保有する農地を多くの小作人に分け与え、国民総中流社会の実現をみる大きな転機となったが、一方で、その後平成の時代まで保有限界とされた、2町歩(2ヘクタール)で生産可能な米はおおよそ金額にして2百万円一寸。

 最近では、米の自主流通も出来るようになったが、政府で米価と耕地面積が規制されては、競争原理も働かず、農業の振興が可能なはずはないだろう。

 一方で、機械化により耕作可能面積が増え、産業復興と共に2次産業等他の事業従事者の平均所得が増え、貨幣経済がどんどん進む時代にあっては、天候等数々のリスクを抱えながら専業農家から兼業農家へ兼業農家から離農へ繋がるのは自明の理である。

 そして、極めつけは、日本国民の食生活として、パン食を始めとする小麦、牛肉など西洋食文化がしっかりと根付き(それは小学生のときから、毎日食べていますからねえ)、農家同士の競争も競争力もなくなったところに、貿易摩擦の解消と称して、米国がそれまでお家芸のように行ってきた保護貿易…関税障壁の撤廃要求が来る。

 完全に米国の長期政策通りでは?と考えるのは私だけであろうか?

 確かに相当今回のコメントが偏っていることは筆者自身も自認するところであるが、あながち大はずれということもなかろう。

 食の安全、食の自給率が国力に繋がること(これは大東亜戦争にて当時の国民が心底味わってきた苦い経験)、そして輸入食材がなければ成り立たない我々の食卓。もう一度、政府だけでなく、市民が真剣に取り組まなければならない問題ではなかろうか?

 次は必ず、工業製品で同じ波がやってくる。今度は米国の政策ではなく、日本人そして、日本企業が自ら撒いた種がすくすくと芽生えている。

地域住民の声は?

 今日は今年初めての、桐生美化推進会議が開催される。年に3回(桐生川全域と夏の梅田地区)が毎年開催しているが、その運営会議。

 桐生川流域の区長など協議会役員メンバーを集めての会議だ。

 桐生川清掃というと、第2次社会開発計画で誕生し、川自体の清掃も勿論だが、自分たちの川…自分たちのまちをきれいにしようと言う市民の気持ちを醸成するために誕生したという。

 以来三十年余り継続し、しっかりと市民に根付いた運動となった。今でも毎年1000名前後の参加者を集めて開催される。しかし、運動発足当初は、炊き出しをしたり、色々なイベントを併設し、多いときには8000名余りの市民を巻き込んだ運動であったようだ。

 今、同じ事を行うかどうか?は別として、より多くの市民を巻き込むために工夫がなされていたようだ。勿論イベント参加が目的の市民は当時から多かったと思うが。

 しかしながら、「運動」を多くの市民を巻き込んでこと…人数集めが目的ではないと言うことは言うまでもないが、周知してより多くの市民に広めること…は、非常に重要なことではなかろうか?

 また、そのためには、本来の目的ズバリではなくても、市民を呼ぶための仕掛けが必要なことも事実。JCは理想を追いかける団体でもあるので、兎角固く硬く物事を考えるが、もう一度、何のために事業を行うのか?事業を成功させるために何を行うのか?事業をより効果的に広めていくには何が必要なのか?について考えて行くべきだと思う。

 桐生川美化推進会議も、数十年の歴史を重ね、群馬県や桐生市からの補助金も望めなくなってきており、今後どのように継続していくか?について真剣に考えて以下なければならない時期が来ている。

 今日はそうした点からも議論が出来れば…と思う。

 さて、ニュース記事から…今日のニュースは父親による一家惨殺事件、韓国国宝南大門消失、沖縄市での米海兵隊二等軍曹による少女暴行事件、日本史上最高例のオリンピック選手決定と、最後の明るい事件以外全て暗い事件であるが、今日は米兵の問題についてコメントしたい。

 まずは、今回犠牲者となった、被害者少女やその両親を始めとする皆様に対しては本当にお気の毒な事件であったと思う。また、米国の軍関係者には強い憤りと繰り返し引き起こされる同様の事件に対して、抜本的な対策を早急に立てて再発防止に真剣に取り組んで欲しい。

 この事件の裏にある、いくつかの複合的な問題…例えば、日米地位協定や米国軍隊の駐留の問題、そして、基地反対を求める住民運動と、観光産業以外に地元産業振興に長年苦しむ地元市民が基地を容認し続けなくてはならない理由…様々な問題が沖縄の基地問題には含まれていることは、皆さんご存知だろうか?

 日本青年会議所でも取り上げられている、日米地位協定。基地内で起きた刑事事件の被疑者を日本の刑法で裁けないこと、不平等な返還条件などなど、現代において稀有の不平等条約が締結されている。

 本協定は戦後間もない1960年に締結されている。敗戦から、米国の占領が終了し、日米安保条約により、日本を「西側諸国」の極東の防衛線としようとした当時の話。

 本来協定の趣旨としては、米国の兵士が日本に駐留する際、日本の法律を熟知しない米兵の便宜と安全を考える米国と受け入れる日本側で円滑な基地運営が行われるべく協定が締結されたというのが大前提なのであろうが、当時の歴史的な背景や、国力や国としての発言力などを考えると、果たして平等の条約であったのだろうか?

 また、当時防衛力を持たない日本として「国を守る」為に受け入れざるを得なかった状況下での協定が現在でも脈々と同様の権利をアメリカ側に与え続けなくてはいけない理由が現存するのか?

 幸い我々地元には米軍基地もなく、平穏な生活を享受しているが、沖縄だけでなく、多くの場所で、同じ国民が、騒音を始め、時には今回のような犯罪の恐怖など、様々な問題を抱えていることを、忘れてはならないのではなかろうか?

 更に、わが国が経済発展し、貿易赤字や政府の予算が、米国が肥大化する米軍経費負担に耐えられなくなると、アメリカは米軍への「寄付」を様々な形で呼びかけるようになる。その代表が、1978年から始まる、「思いやり予算」である。

 思いやりと言う割りには、その負担は大きい。今では、増え続ける赤字国債に悩む政府が、世界NO.1の経済大国に支払うその負担は思いやり予算だけで、2200億円余り。実に開始当時の1978年からの負担総額は、13兆円にも及ぶ。

 安全は非常に高くつく。今後も同様の負担が必要かどうか?独立国家日本としてしっかりと考えて欲しいし、国民に対して納得の行く説明を要求したい。

 一方、こうしたセンセーショナルな事件がおきると、まず、「基地反対」「出て行け!」という社会問題化するが、果たして地元住民はどのように考えるのだろうか?

 2年前の2006年、関東地区協議会で、沖縄ミッションが開催され、私も当時群馬ブロック協議会会長であった中島氏に随行する形で出席し、沖縄地区のメンバーとともに沖縄を視察してきた。

 2泊3日の工程の中で、観光は全くなく、会議と米国キャンプ、自衛隊基地、大東亜戦争当事の沖縄戦線の生々しい爪あとなどを視察した。

 特に印象的であったのは、沖縄のメンバーとのディスカッションであった。予測していた、地元の意見としては、騒音への苦情や、島の一等地を占領(沖縄本島の数十%が基地の敷地)され、生活に多くの障害を抱えていることや、米国兵士と生活圏を共にする難しさや、リスクなどがあったが、実際聞けたものは以外な結果であった。

 勿論、騒音…一日中空軍基地の側では窓は締め切り。小刻みにある振動と、騒音で難聴の市民も多く住民の精神的安定感を阻害する要因になっている状況を始め、様々な弊害についての体験談も伺えたのだが、住民の多くは米軍基地があることによる「経済効果」の大きさから、米軍撤退を望んでいる住民が大多数ではないと言う現実であった。
 
 つまり、島の多くを占める米軍基地の土地から得られる借地料、多くの米軍兵士の生活を支える地元の事業者の生活基盤等を考えると、基地なしでの生活は考えられない市民が余りに多すぎると言うことであった。

 1972年に返還された沖縄はかつては、日本と大陸を結ぶ拠点として貿易産業に支えられ、豊かな生活を営んできたが、現代では、本土から遠く、観光産業以外に基幹産業と呼べる産業振興が果たせていない。平均的な所得も全国で下から数えたほうが早く、沖縄の3万円は、東京の4万円に相当するといった経済観。(要は物価が安くならざるを得ない)

 そんな沖縄経済であるので、ただでさえ高い失業率が、もし、基地が撤退されたら、島民の多くが更に失業に喘ぐことになり、代替産業の振興もすぐには見込めないというのである。

 今回のような非人道的な事件や、ヘリコプターの墜落事故など、米軍の駐留にまつわる事件が起きるたびに、本土の報道により、米兵駐留が「百害あって一利なし」、島民の悲痛な叫びと政府の対応の悪さがクローズアップされ、あたかも、全島民感情のように報道されるが、それが、捏造とは言わないまでも、かなり曲げられた報道であるということを知って欲しいし、是非機会を作って、自らの目と耳で正しい理解を深めて欲しいと考える。

元気に働こう

 ここ最近、働く人の精神障害について話題になることが多い。ある統計によれば、日本人のうつ病患者は360万人とも言われる。

 実に人口の3%が患者と言う数値である。自殺者が増加を続け、年間3万人をはるかに超える人が自ら命を落としていることとも無関係ではないだろう。

 ただ、自分自身自覚していない患者や、病気であることを隠したい患者(潜在的な患者)を含めるとその数はもっと多くなるのではなかろうか?

 また、アメリカでは、1300万人とも1700万人とも言われ、センセーショナルな記事では、4人に1人が罹患した経験をもつとのデータもある。

 また、患者は男性よりも女性の比率が倍くらいとのこと。仕事と子育てをはじめとする家庭の両立の難しさなのだろうか?

 私は、医学の専門家でもないので、原因の追究や克服の仕方を述べることは出来ないが、この症状は、「特別」なものではなく、私たちの生活のすぐ近くに存在する症状なのだと改めて感じた。

 確かに、私もBLOGを始めたが、児童や生徒の間でもBLOGが普及し、陰湿ないじめがそこでもあると言う現実、高度化したネットやパソコン、ゲームにより、バーチャル世界と現実社会の狭間で苦しむ若者。不況や「コストダウン」による犠牲者の大人たち。少子化と多種多様の問題を抱える家庭。高齢社会で看病に疲れた老人達。

 私も仕事でよく新幹線で出張するが、移動時間が短くなったり、移動中に携帯電話や移動先でパソコンのメールチェック。確かに便利になった反面、落ち着く時間は少なくなったと思う。
 
 コストダウンとリストラ、能力主義により安定した終身雇用もなくなり、ワーキングプアーと言う言葉が氾濫する現代。

 職場に残された「有能な社員」も労働集約が進み、一人で何人もの業務をこなさなくてはいけなくなっている。

 先日マクドナルドの店長が不払い残業で一審にて勝訴したが、自社は大丈夫か?と振り返った経営者も少なくはあるまい。

 早速、大手コンビニエンスストアでは、店長に残業代を払うことを決定し、セブンイレブン・ジャパンも追随したようだが、残業代だけが問題解決になるのだろうか?労働関連の法律では年間360時間の残業を超えてはならないと既定している。
 
 また、1日十数時間にも及ぶ残業が続けば、労働力の再生産も困難になるだろうし、精神的にも厳しくなろう。事実1ヶ月50~80時間を越えた残業とワークシックの関係は立証されている。

 さて、手前みそになるが、昨日、桐生市と労働組合の連合主催の、「仕事と家庭の両立セミナー」が開催され、私も自社の事例発表の担当として出席した。

 恥ずかしながら当社が平成17年に育児‣介護休暇を男女問わず取れるという社内規定で表彰を受けたことに起因するのだが、これは、当社の置かれた厳しい環境がそれを作らされたからに他ならない。
 
 つまり、中小企業として今後少子化の中で、安定した雇用を続けていくこと、熟練した労働者に安易に離職してほしくないこと、そして、(本音として)多くの賃金を払えないので、他のメリットを作る必要があったことがその原因である。

 確かに産休と称して1年以上休暇を取られることは如何に企業の金銭的負担が殆どないとはいえ、厳しいし、代替要員を準備することもまた、厳しい。

 しかしながら、熟練技術‣ノウハウをもった社員が安易に離職に伴い採用をした際にかかる教育訓練費はもっとキツイ。であれば…ということで制度化を進めたわけである。

 今後益々、ワークシックの問題や女性労働力の必要性、パートタイム問題などクローズアップされ、法的規制が厳しくなってくるだろう。であれば、一足先に対処しておけば、義務化されてから同じ事をするより、従業員の受け止め方も変わり、採用活動も楽になるのではないか?と思うがいかがであろうか?

 何事も最後にせかされて行うより、先んじたほうが得策ではないか?

 今日はOB総会。これまで桐生JCの歴史と伝統を築き、地域社会の為に貢献してきていただいた先輩に感謝の気持ちを伝えに行って来る。

一寸いい話。

 昨晩は、夕方から雪になり大荒れの天候の中、理事会が行われ、日経平均は今年2番目の下げ幅を記録したが、SUPER TUESDAYの結果は、民主党においてはヒラリークリントン、オバマ両候補とも一歩も譲らぬ結果となった。連日の報道を見る限り、日本の政治不信や無関心とは大きな差だと思う。

 報道によれば、両候補互角の戦いの中、お互いに一歩も譲らず、8月の民主党全国党大会までもつれ込む可能性もあるとことだが、候補者一本化できず、共和党に大統領の座を譲らざるを得ない状況を作ってしまった歴史を持つ民主党としては、選挙の盛り上がりの歓迎とは別に不安要素も出てきた。

 一寸うれしい話。
 2月4日号の日経ビジネスを見ていたら、「株価を上げる44市」という記事に、桐生市が載っていた。本社所在地別の上場企業の時価総額増大度ランキングである。

 日経平均が2003年3月末から、今年1月25日までの間に時価総額として1.71倍に増加したよりも大きな都市が44市あり、桐生市が34番目であった。ちなみに前橋市は7位。ヤマダ電機がけん引役のようだ。
 
 桐生市は三共、ミツバ、平和、小倉クラッチ(やすらぎは2003年4月以降の上場なので、この対象外)が該当し、三共さんを中心とした時価総額の増加があったようだ。久しぶりに、経済産業面での朗報か?

 また、昨日の桐生タイムス紙には、梅田で、群馬製茶を経営する稲葉氏の記事がTOPを飾っていた。同氏は、前橋JCの特別会員であるが、かつて養蚕で使用していた、桑畑から取れる桑をお茶として販売していくことに成功したようである。

 補助金漬けとか、衰退産業として農業が危機的状況を迎える中、再利用するばかりでなく、新たな産業振興につなげていこうという同氏の取り組みに敬意を表したい。

 本業の梅田茶も超高級茶として、知る人ぞ知るブランドとなっているが、それを掘り起こしたのも同氏。梅田のきゅうり同様、もっともっとブランド化されることを祈る。
(2番茶、3番茶の栽培の成功がその鍵か?)

 中国の冷凍餃子も別の農薬が検出され、新たな展開を見せ、冷凍食品の売上不振が報道され、スローフードや食料自給率についての見直しの機運が高まりつつある。消費者としても、表面価格だけでなく、安全・安心には対価があること、食が幸せを味わう場所であることを考え、正しい選択をして欲しい。

 当の中国で中級以上の所得層で日本食ブームが巻き起こり、また、贈答用として日本の農家が丹精込めて栽培した果物が珍重されていることはご存知だろうか?まさに棄てる神あれば、拾う神あり。何事も塞翁が馬である。

お会いしてきましたよ・・・

 昨晩、予定通り八木副市長との会談をしてきた。

 肝煎りは、桐生JCの歴代理事長2名が行ってくれ、商工会議所のTOP(やはり歴代理事長)3名、桐生JCからは、私の他4名で副市長を入れて総勢11名で行われた。

 午後7時半前に副市長が到着。緊張感が俄かに横切り、出席者より簡単な自己紹介を経て、会談がスタートした。

 スタート早々、八木副市長より、ざっくばらんに…お酒でも飲みながら…そうでもないと、お互い話したいことも話せないし…とのことで、乾杯。

 最初の口火は、「きりゅうの人は連携を取るのが下手だね」とのコメント。役所でも色々と指示をしても、なかなか進まない。市民のまちづくりや地域活性化の運動は随所で素晴らしいものがたくさんあるのに、全然広がらない。それぞれが個別独立状態。

 仕切りやがいないのかな?と鋭く分析。副市長の前々職は吾妻行政事務所長であったが、会合を開くと商工会や婦人会など、各種団体に招集をかければ、すぐに1000人位田舎でも集まったという。

 JR吾妻線をKEYとして、JRへの働きかけ、東京へのPR,地元業者への協力、連絡バスを地元企業経営者に要請…四万、草津、万座、遠くは北軽井沢まで、ぐるりんバスを走らせ観光客誘致が成功し、いまでは、地元旅館がカネを出し合って網目のようなバス網を作り、都会から観光客を集めることに成功するようになったそうな。

 話をしているうちに、本当にお堅い行政で永年仕事をしてきている方とは思われないような、思い切った発想と、何よりまちづくりに対する熱意を感じる。マスコミで報道される、「お役所の役人」とは、似ても似つかない。…一寸表現に不適切で申し訳ないけど。

 岡公園と桐生の商店街やレストランを結びつけ、桐生まつりやファッションウィークへの集客、日光と梅田を結ぶ話、昆虫の森の活用等、市役所のレイアウトやサービスの充実など実に具体的な集客を考えている。


 ただ、桐生の人は桐生市民…特に仲間内を中心に考えすぎて、外から人を呼ぼうとか、客へのもてなしが弱い。例えば、岡公園の動物の飼育や説明も画一的。ペンギンの飼育小屋では、餌魚がただ撒き散らされているが、何故そうなのか?解説がない。(ペンギンは頭からしか魚を食べないためだとか)、水族館の卵もただ置いているだけ。工夫がない。今は大盛況の旭川動物園だって最初は…

 いわれてみれば、そうかもしれない。こちら側の主張でなく、相手の立場や要求を考えなくては何もうまくいかないだと改めて実感した。

 究極的な話として、「秋葉系」の女の子たちをイベントに招致したら、人は来るのでは?とも。勿論、教育的観点や道義的な問題がないわけではないが…と続ける副市長。

 まあ、極論だけど、四角い頭で、真面目に考えるだけでは、人は来ない。少し頭をやわらかくして、奇抜だと思えるくらいのことをしなければ魅力もないと。

 その際、様々な障害があるだろうけど、クリアする方法は必ずあるはず。また、新しいことを始めようとしたら、必ず(ものすごい抵抗があって)困難があるとも。でも、各地で成功しているまちづくりだって、そうしたことを必ず乗り越えてきている

 確かにそうである。抵抗はどんな世界でも例えJCであってもあるのだから。

 また、近いうちに副市長とお話しする機会が是非欲しいと強く感じた。一寸したカルチャーショックを受けてきた。欲を言えば、JCの例会や勉強会で是非直接みんなに聞いて欲しいと思った。

 ただ、八木副市長…桐生の宝になろう…は、桐生に単身赴任。知恵と情熱は並外れているが、協力してくれる市民はまだ多くないようであり、同氏もそれを一番欲しがっていた。…ということは我々の出番であろう!

 さてさて、今日も理事会。どんなドラマが繰り広げられるか…不安と熱い気持ちがこみ上げてきた!

SUPER TUESDAY

2月5日(火)今日はSUPER TUESDAYだ。

 既にTVや新聞等で何度も伝えられている通り、2008年11月に行われる米国大統領選挙の予備選挙の最大の山場である。米国50州の内20以上の州で民主党・共和党それぞれの統一候補を一本化するための選挙。

明日はきっとTOPニュースで結果が伝えられるだろう。

 報道では、民主党のクリントン氏とオバマ氏の一騎打ち…初の女性大統領か?初の黒人大統領か?が取りざたされているが、共和党でも同様行われている。但し、こちらは、どうも、マケイン氏の勝利が一歩優勢なようだ。

 現大統領が共和党出身で、イラク戦争やサブプライム問題等により、民主党候補優勢が伝えられる中、気になるのは、民主党の両候補とも、日本に対する姿勢が芳しくないことだ。

 つまり両候補とも、アジア太平洋での最大のパートナーとしては、中国を挙げており、日米安保について根本から見直そうとする動きさえ見られる。ここでもまた中国か…

 
 さて、話はガラッと変わるが、今夜、先輩の肝いりで、八木副市長との懇談会を予定している。副市長を通じて今後の市政についてお伺いし、我々青年会議所が「公平中立な民間の立場」を活かして行う運動の指針の説明を行う予定である。

別の意味で、我々にとってのスーパーチューズデーかも。青年会議所らしく、しっかりと、歯切れ良く我々の意見を述べて行きたい。

 そして、青年会議所の使命について改めて確認し、今後の「きりゅう」のあり方についてしっかりと方向性を確認する予定である。

 財政に、育児、福祉、産業振興そして合併など等…桐生市も先日BLOGに書かせていただいた内容同様、様々な問題を抱えており、今から武者震いを感じる。

 

春到来

 2月2日、3日と2日間「理事長の意見」をお休みさせていただきました。

 2月2日には、第1回群馬ブロック協議会が沼田の地「グリーンプラザ」で開催され、厳粛な雰囲気の中、亀田会長の所信、各委員長の委員会方針が熱く語られ、いよいよ、2008年度群馬ブロック協議会の指針が示された。

 当日は、北毛沼田での開催であったので、2年前同様の降雪が懸念されたものの、降雪はなく、厳寒の中、亀田会長が沼田での開催の理由に掲げた「凛とした寒さのスタート」となった。

 今年は、当LOMより松田理事が「新しい市民参画推進委員会」委員長として出向、早速ブロ協当日、勉強会が開催され、80名を超える多くのメンバーの出席の下、大盛況での開催を見た。今年1年の素晴らしいスタートであったと思う。私自身、理事長懇談会に出席していたため勉強会には参加できなかったが、非常に為になる勉強会であったと伺っている。今後益々の活躍を期待したい。

 さて、2月3日は節分の日。冬の最後の日。恵方巻と鰯の干物を頬張り、春の到来を待つ日。そんな昨日は大雪と霙の荒れ模様の天候であり、文字通り冬らしい天候であった。

 一方で、雪というと冬の代名詞であるが、関東平野での「雪」が、実は春の訪れを告げるものであることをご存知だろうか?

 この時期以降、関東平野では時折降雪を見ることがあるが、これは、所謂「西高東低の冬型」が崩れ、南から移動性の雪雲がこの地を通り過ぎるという現象によるものであるからである。

 上空には寒気団があり雪が降るのであるから、暖かくはないが、以外に冷え込みや冬の寒さを運ぶ「空っ風」も少ない。

 一昔前まで雪が多い年は暖冬のイメージがあったが、最近は雨になってしまうというのはやはり地球温暖化の影響か?

 ところで、寒いと言えば、一日のうちで一番寒い時間帯を皆さんはご存知だろうか?

 一般的には「明け方」。日の昇る直前である。放射冷却により、地表の暖気が上空へ逃げるから?太陽の運んだ熱を受けてから一番時間が経っているから?といったところであろう。そして、寒さと暗さは、日の出とともに段々と暖かさと明るさに変わって行く。

 このことは、我々の身の回りでも同様のことが言えないだろうか?

 例えば、会社の経営が思い通りに行かないとき。経営者は、必死になって従業員を知った激励し、顧客への売り込みに励み、市場の調査や商品の改良、商品の新規開発や資金調達等などに苦しむ。

 その苦しみ、頭から血が出るほど考え、行動した先には、成功が待っている。だから、企業は存続できるのだ。

 家庭生活や、JCライフでもその例の枚挙に暇はない。

 一見先の見えない、厳しい世の中でも、きっと同じであらねばならない。

 では、どうしたら、暖かく明るい日の出を迎えられるのか?

 それは、当たり前のことで、馬鹿にしているように聞こえるかもしれないが、「日の出を待つ」のである。ただ、待つのではなく、不撓不屈の精神で現状の苦しさを耐えつつ、克服すべく努力を続けていくことである。

 決してあきらめてはいけない。

 あきらめ=日の出を待てなければ、朝は来ない。幸せはまさに人事を尽くして天命を待つのみである。

 今日から、春到来。理事会も人事を尽くして天命を待ちたい。

先生を囲んで

 昨日、群馬大学工学部の楠元一臣先生を囲んで、
まゆ玉ころがし実行委員会の新旧引継ぎと、
今年の抱負や意気込みについて鍋を囲んで語りあった。


(社)桐生青年会議所からは、川田直前理事長や、
籾山(大)前年度地域パーソナリティ委員長、
今年度は下山まちづくり委員長を始めとする委員会メンバー及び
常任理事の有志など、十数名で文字通りわいわいがやがやと、
それぞれの想いを賑やかに語り合った。


 先生からは、12年前に楠元先生の発案によるまゆ玉ころがしを、
第41代理事長木村滋洸先輩や委員長であった菱田先輩が
先生とともに大会に創り上げたいきさつや、
7チームからのスタート(昨年は65チームまで増加)した当時のお話、
それから歴代委員長と、毎年工夫に工夫を重ねて育て上げてきたまゆ玉と、
実行委員会での経験談を面白おかしく、そして、熱く語っていただいた。


 思い返せば、開始から、12年。

当時を知るメンバーも本当に少なくなる中、先生はずーっと実行委員長として
携わり、地域貢献されてきたんだなあと、改めて深く感謝するとともに、
先生のまゆ玉に対する想いを強く感じた夕べであった。


今年も、先生と、委員会によるどのような工夫が…
突拍子もない話からどんな成果と事業になっていくのか?
今から楽しみでならない。


 昨今の行政改革で群馬大学も独立行政法人となったが、
群馬大学工学部と市民はお互いに距離を縮め、
「地域密着の大学」「学園都市」を目指してきているが、
まゆ玉も絹織物の「繭」について市民に考えてもらう
絶好の機会というだけでなく、12年間市民と大学を繋ぐという意味でも
大きな意味があるのだと強く感じた。

 それは、現在、群馬大学と(社)桐生青年会議所との繋がりが、
宝田科長、片田先生…大学は退官されたけど、根津先生…と
どんどん広がり、毎年毎年お世話になってきている。


 こうした動きが、今後、市民と大学、大学と地元企業の繋がりをより深め、
地元の活性化に繋がっていけば何よりである。


 ところで、昨日の大問題!!農薬入り餃子は酷いですね。
「安く」の影には、「リスク」が付いて回るのか?
食べて死に掛けるなんて、ダンボール食べさせられるより酷いね。

 次は裁縫針入りの子供服でも出てくるのだろうか?あー怖!

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