新年度を迎えて
昨日の荒天は、爆弾低気圧とかというもので、全国各地で猛威を奮ったようであるが、今日は、至って穏やかな晴天に恵まれた。
昨日または、もう少し前から、学生から社会人として出発した方、または、新社会人を雇用した企業経営者も多いことと思うが、企業にとって、新入社員教育をはじめとする、社員教育は非常に重要なものになっているのではないだろうか?
今では、機械化が進み、ネットでの取引や、データ伝送など、無人化取引も多くなっている。しかしながら、設備投資さえすれば、社員はどうであってもいい…言ったことを言われたとおりしてくれれば問題ないと言い張れる企業は殆どないのではないだろうか?
一昔前であれば、一通りの新入社員教育を行った後は、先輩社員について、ひとつずつ仕事を覚え、一定期間が過ぎれば自立して、覚えたノウハウや技術、知識を毎日同じように繰り返し行うことが業務…それこそ、上から言われたとおりにすればすんでいた時代であったかもしれない。
しかしながら、システム化などにより業務が効率化され、単純業務の多くは機械化により人手を必要としなくなり、コストダウンと市場の著しい変動や新商品や技術の氾濫により、今では昨日の常識は今日の非常識となるような変動の激しい時代。
だからこそ、社員は新しい知識や技能を身に着けていくことを日々行わなければならないし、マーケット事情の変動が大きいからこそ、経営者も安穏と社員にまかせきりできるほど余裕はなくなり、むしろ社員に経営参画を呼びかけなくてはならなくなった。
しかしながら、企業経営者にとって、社員に経営参画が必要と思うのであれば、私は、社員に対して、経営情報を含む情報の開示をしていかなければならないし、また、そのための知識…現場の知識や業務改善の知識…を持たせることが必要だと考える。
確かに、経営者が社員に対して情報開示することは非常に勇気がいることだし、何処まで…ということはある。ただ、我武者羅に頑張れでは社員は何の為に頑張らなくてはいけないのか?理解しろというほうが酷ではないだろうか?
また、知識がなければ、業務改善や改革するスキルも身につけることは厳しいし、そのためには、社員の教育が必要となる。ただ、社員教育の前に、社員に対して、社員自身の努力やその結果現れる成果がどのように社員本人に影響をしてくるのか?が見えなければ、社員はやる気を起こさないと思う。
ある雑誌に、中小企業の経営者の多くが自社の社員の能力が低い、人材不足を嘆いているとの記事があったが、そのような社員を雇用したのも、そのように「教育」したのも経営者本人ではないだろうか?
いくら高学歴な社員であっても、最初から自身で大きな成果を出せるものでもないし、業務改善や改革をできる技術を持っているわけではない。私もサラリーマン経験を9年近くしてきた。同期で入社した社員が30名一寸いたが、5年もたつと、社員のモチベーションも、実力も大分変わってくる。入社したときは同じ給料で同じような経験、学歴の持ち主であっても。
要は、社員のモチベーションや、教育、上司の指導などによって、同じ会社でも大きく能力は変化するのであるから、経営者や業容、文化が違う会社同士ではもっと大きく変わるのでは?と思えてならない。
先日の3月第二例会にご講演いただいた、平田先生は、松下電器で代表取締役の経験を持ち、創始者の松下幸之助氏の最後の内弟子とおっしゃっていたが、平田先生曰く、「人材の松下」でもっとも重要視したのは、人材で、社員教育を大変重んじていたようだ。
一寸横道にそれるが、松下幸之助氏は、社員教育だけでは飽き足らず、日本の将来を案じて、将来を担うべき人材を育成するために、85歳になって、有名な「松下政経塾」を開いたということであった。
私も経営者の一人として、これまで、理想的な社員=「やる気のある社員」と定義して、社員一人ひとりに「考える癖」をつけるよう取り組んできたが、まだまだ、不足しているようで、中々成果に結びついていない。しかし、あきらめることなく、これからも社員の教育を積極的に行って行こうと考えている。
昨日または、もう少し前から、学生から社会人として出発した方、または、新社会人を雇用した企業経営者も多いことと思うが、企業にとって、新入社員教育をはじめとする、社員教育は非常に重要なものになっているのではないだろうか?
今では、機械化が進み、ネットでの取引や、データ伝送など、無人化取引も多くなっている。しかしながら、設備投資さえすれば、社員はどうであってもいい…言ったことを言われたとおりしてくれれば問題ないと言い張れる企業は殆どないのではないだろうか?
一昔前であれば、一通りの新入社員教育を行った後は、先輩社員について、ひとつずつ仕事を覚え、一定期間が過ぎれば自立して、覚えたノウハウや技術、知識を毎日同じように繰り返し行うことが業務…それこそ、上から言われたとおりにすればすんでいた時代であったかもしれない。
しかしながら、システム化などにより業務が効率化され、単純業務の多くは機械化により人手を必要としなくなり、コストダウンと市場の著しい変動や新商品や技術の氾濫により、今では昨日の常識は今日の非常識となるような変動の激しい時代。
だからこそ、社員は新しい知識や技能を身に着けていくことを日々行わなければならないし、マーケット事情の変動が大きいからこそ、経営者も安穏と社員にまかせきりできるほど余裕はなくなり、むしろ社員に経営参画を呼びかけなくてはならなくなった。
しかしながら、企業経営者にとって、社員に経営参画が必要と思うのであれば、私は、社員に対して、経営情報を含む情報の開示をしていかなければならないし、また、そのための知識…現場の知識や業務改善の知識…を持たせることが必要だと考える。
確かに、経営者が社員に対して情報開示することは非常に勇気がいることだし、何処まで…ということはある。ただ、我武者羅に頑張れでは社員は何の為に頑張らなくてはいけないのか?理解しろというほうが酷ではないだろうか?
また、知識がなければ、業務改善や改革するスキルも身につけることは厳しいし、そのためには、社員の教育が必要となる。ただ、社員教育の前に、社員に対して、社員自身の努力やその結果現れる成果がどのように社員本人に影響をしてくるのか?が見えなければ、社員はやる気を起こさないと思う。
ある雑誌に、中小企業の経営者の多くが自社の社員の能力が低い、人材不足を嘆いているとの記事があったが、そのような社員を雇用したのも、そのように「教育」したのも経営者本人ではないだろうか?
いくら高学歴な社員であっても、最初から自身で大きな成果を出せるものでもないし、業務改善や改革をできる技術を持っているわけではない。私もサラリーマン経験を9年近くしてきた。同期で入社した社員が30名一寸いたが、5年もたつと、社員のモチベーションも、実力も大分変わってくる。入社したときは同じ給料で同じような経験、学歴の持ち主であっても。
要は、社員のモチベーションや、教育、上司の指導などによって、同じ会社でも大きく能力は変化するのであるから、経営者や業容、文化が違う会社同士ではもっと大きく変わるのでは?と思えてならない。
先日の3月第二例会にご講演いただいた、平田先生は、松下電器で代表取締役の経験を持ち、創始者の松下幸之助氏の最後の内弟子とおっしゃっていたが、平田先生曰く、「人材の松下」でもっとも重要視したのは、人材で、社員教育を大変重んじていたようだ。
一寸横道にそれるが、松下幸之助氏は、社員教育だけでは飽き足らず、日本の将来を案じて、将来を担うべき人材を育成するために、85歳になって、有名な「松下政経塾」を開いたということであった。
私も経営者の一人として、これまで、理想的な社員=「やる気のある社員」と定義して、社員一人ひとりに「考える癖」をつけるよう取り組んできたが、まだまだ、不足しているようで、中々成果に結びついていない。しかし、あきらめることなく、これからも社員の教育を積極的に行って行こうと考えている。



