2008-05

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われわれのまちのこれから

 政府の諮問機関である、道州制ビジョン懇談会の答申に引き続き、自民党の道州制推進本部が道州制の区割案4案を公表したが、それによると、我々の居住する群馬県は、栃木県・茨城県と一緒に北関東州となるらしい。

これに新潟県が加わるか否か(否の場合は、新潟県は東北州へ)、埼玉県が加わるか否か(否の場合は、埼玉県は南関東州へ)というもの。つまり、群馬・栃木・茨城3県約700万人に人口230万人程度の新潟県か、700万人程度の埼玉県がどのようになるか?というものだ。

我々(社)桐生青年会議所では、2003年に当時のまちづくり委員会(委員長は川田力也現直前理事長)により、今後のまちづくり方針が我々の総意として、総会で「社団法人桐生青年会議所のまちづくりの方針」が決議(決議文は下記参照)されたように、道州制を視野に入れて今後の活動を行っていくことが基本となる。

社団法人桐生青年会議所のまちづくりの方針(2003年12月総会にて可決)

 これからのまちづくりに対し、地域の個性を活かした多拠点型の都市を目指し、きりゅうの地域の自然・歴史・文化伝統・自治意識・郷土愛・地場産業をしっかりと見据えたまちづくり運動を行うと共に、道州制、地域主権の進展、生活圏である両毛地域での政令都市化の可能性を視野に入れ、他都市との連携を図りつつ市民の自治意識を高める活動を行う。

当時、旧桐生広域圏(1市3町3村)を活動基盤におく、我々が、平成の大合併を目前にして、どのようなまちづくりを考えていくべきか、我々(社)桐生青年会議所でメンバーの方向性をはっきりと明示し、行動していくことが必要となり、上記決議をしたものである。

単に枠組みを決めることだけではなく、我々(社)桐生青年会議所は今後も旧広域圏を活動基盤とし、今後の可能性としては、中長期的に両毛地域(佐野・足利・桐生・太田・館林・邑楽地区)での連携を視野に入れた動きをして行こうというものだ。

決議から既に5年が経過し、当時の桐生広域圏は、太田市、みどり市、桐生市のそれぞれに分かれて合併を行い、桐生・みどり両市の飛び地合併となってしまっている現実や、道州制についての国レベルでの議論が本格化してきている。

一方で、先日の私のブログでもご紹介し、昨日の桐生タイムス紙に掲載されていたように、桐生・みどり両市の早期合併を望む要望書が、様々な市民団体や業界団体から提出が相次いでいる。

これは、両市の市民たちの生活圏とはかけ離れた合併をしてしまった・・・結果であり、それに対して、市民として、民間レベルで合併するムードを盛り上げたいという意思の表れそのものであろう。

ところで、我々(社)桐生青年会議所は、これまで「市民主体のまちづくり」を提唱してきたが、上記我々の活動基盤やまちづくりの方針、そして、現状のまちの姿と市民の声が出てきている現状を踏まえ、改めて今後どのようにまちづくりを行っていくのか?考えて行く必要があると考えている。

それは、決してこれまでの活動基盤や過去の方針の決議を変更するのではなく、我々(社)桐生青年会議所の活動基盤は旧桐生広域であり、道州制を将来的には見据えて活動をしていくことには変わりないと思うが、まずは、非常に不自然になってしまった、平成の大合併の結果について考える必要があるということである。

つまり、早ければ10年後には、現在の都道府県はなくなり、道州制が始まる可能性が高まっている現実はあるが、それは、相当先の話であり実現性については、まだ未知数。一方で、平成の大合併を終え、漸く落ち着きを見せつつある、現在の行政区分だが、明らかに民意を反映した形ではなく、これを数年後という現実的な将来にもう一度大きく見直す必要性と意義については、しっかりと考えていかなければならない。

従って、私の意見を述べるとすれば、桐生・みどり両市の合併は必要性が非常に高いと思われるし、民意を反映して行うべきだと思うが、それは、道州制への道程であり、道州制がその間現実味を帯びてくるようになれば、桐生・みどり両市の合併というのは、その道州制に向けた一つのステップでしかない。

そのステップを踏む必要があるかどうか?ということは、道州制の実現がいつ起こるのか?具体的にどのように進んでいくのか?ということと分けては考えられないし、もし、10年後に道州制が実現するのであれば、数年後に向けて桐生・みどり両市が合併し、市民や行政が大きなエネルギーを消費しても、同じことをまた、短い時間で行わなくてはならないリスクも高い。一方で、道州制の実現がまだ夢物語であれば、まずは、確実なステップとしての合併を優先すべきではないだろうか?

しかし、一番大切なことは、市民が主役のまちをつくるということで、いかに行政区が大きくなろうとも、それぞれの地区が独自の個性を活かし、文化や経済、暮らしが光り輝いていくものでなくてはならないことは明らかである。
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歴史的な出来事

 昨日政府は、中国からの要請を受けて、支援対策として、航空自衛隊による自衛隊機にて、四川大地震に対する救援物資の輸送することを決定すると言う、歴史的な出来事が起こった。

 勿論、1949年に中華人民共和国が建国してからかつての敵国日本の自衛隊機を領土に入れるのは、史上初めての出来事である。

 私はこの歴史的な出来事に対して、中国の国家としての日本に対する対応の変化や、これまで、中国政府により反日教育により洗脳され続けてきた、中国国民の我国に対する認識の変化、そして、真の日中友好と平和が実現できることを心から期待したい。

 しかし、日中友好平和への期待と興奮とは別に、冷静な立場でこの現実の裏づけを考えてみると、ただ単に友好・平和を手放しでは喜べない事実もある。

 それは、まず、今回の四川大地震の被害規模が想定を超えた文字通り未曾有の震災であったという現実に対して、中国政府や人民解放軍だけでは、救援物資も輸送も人員も足りない現実があるのではないだろうか?

 そして、漸く世界中の非難から、ミャンマーが各国の人的支援を受け入れるのを冷静に中国政府が判断し、世界の工場として、輸出貿易国として、国際経済社会にすっかり入り込んだ中国としては、外国人入国による軍事機密や国内機密保持といった、自国の主義主張に優先して、国際協調していかなければならない現実を外交巧者の中国政府として、先取りしていこうと言う巧みな外交政策の表れでもあろう。

 更には、学校の手抜き工事が原因ではないか?と子供を亡くした被災者の親たちを中心に、役人の賄賂や不正に対するデモや憤懣が蔓延しつつある現状に対応して、被災者救援のために、国家として出来る限りの対応を図っているという国民不満へのアピールであり、不満を持つ国民への対応策の一環としての意義も十分考慮しての判断もあろう。

 しかしながら、江沢民前国家主席の時代には、旧日本軍への反感感情をあおり、歴史問題をあおり、反日意識を醸成する政策を取ることで、中国国民の不満材料を処理してきた政策から、今回日本の「自衛隊受け入れ」を行うことで、胡錦濤国家主席は一転して中国の国際化の一貫として、親日への動きも容認するといった政策に意識して変更したのか?変更せざるを得なかったか?は別として変わっていくことになろう。

 是非、我国としても、今回の歴史的出来事を出来る限り有効に活用し、被災者の救援と中国国民の親日感情醸成に一役買っていただき、いずれにしても両国の友好関係は両国民にとって大変重要なものであるので、最大の成果を残してもらえれば幸いと考えている。

 ところで、料理材料の牛肉産地偽装に続き、賞味期限切れ商品のラベル張替えにより、創業停止処分を受け、民事再生法による企業再生を行っていた、船場吉兆が遂に廃業へと追い込まれてしまった。

 また、同社の湯木正徳前社長について、現在、大阪府警と大阪地検では、牛肉産地偽装に関して、不正競争防止法違反を適用して刑事立件する方向で調査を進めているとのことだ。

 昨今の耐震強度偽装事件や、今回の産地偽装事件、談合や贈収賄による企業犯罪…「偽」による経営者の代償は、非常に高いものについてしまうことがまたしても立証されてしまった。

 現在、企業を取り巻く環境は、原材料の高騰に悩まされ、その原価上昇を価格転嫁出来ず、7年ぶりといわれる景気後退が鮮明になり、より厳しい業況に見舞われている企業も多いことであろう。

 しかしながら、我々中小企業は特に、お客様の満足を信用に変え、正しく利益を上げていくことが益々必要とされている。一度失った信用は、取り返すことが非常に難しく、マスコミやネット等、情報伝達網の発展と共に、信用の喪失も商機の獲得もスピード・影響度とも大きくなっているといえよう。

 誰でも知っている、老舗の料亭「吉兆」ですら、始めの偽装事件で信用を失い、民事再生法の適用業者に陥り、そして、その後懲りずに起こしてしまった、材料使いまわしにより、止めを刺してしまうことになってしまった。それだけではなく、その責任は民事に留まらず、刑事事件になろうとしている。

 最盛期には200名を超える従業員やその家族への影響についても大きなものとなったことは言うまでも無い。我々中小企業にとって、一番大切なものは、企業業績の向上や発展よりも、むしろ存続ではないか?と不況業種の真っ只中にいる私にとっては、特に思えてならない。

 そのことは、国の経営にも当てはまるのだろうか?239年続いたネパールも遂に君主制を廃止し、共和制へと移行することになったようだ。直接の原因は最後の国王である、ギャネンドラ国王の専制政治に対する国際的な圧力と国民の不満による力が引き金を引いたようだ。

 もっとも、同国は、まだ共和制に移行したといっても、複数の共産政党による主導権争いで暫く混乱が続きそうであるが…

人としての役割

 初夏とは思えないような暑い日が続いている。昨日、まちゆめ基金運営会議が開催され、多数応募いただいた案件の中から、前回の会議で一時審査をクリアした案件についての面接試験が行われた。

 面接に臨んでいただいた、3団体の代表者より詳細に渡る説明を受け、結果として全ての案件を採択することが出来、何よりであったと考えている。

 3つの案件は、観光開発に関わる案件と、エコの推進に関わる案件、そして、障害者福祉に関する案件で、内容的にも非常に高尚なものが多く、また、どれも設立間もない団体であり、青年会議所への人的支援を強く要望されているものばかりで、まちゆめ基金の目標とする支援のあり方に非常に近いものであったと考える。

 今後、今回の3団体と一緒に青年会議所としても、事業の推進のお手伝いをさせていただきながら、それぞれの事業の発展を目指して行きたい。そして出来ることなら、全ての団体の高尚な目標をより拡大し、行政の支援を受けたり、より多くの市民の協力を得て、それぞれの運動が発展していくことを望みたい。

 そして、まちゆめ基金自体も、昨年に引き続き、2年目を漸くスタート出来た。本基金としても、現在は(社)桐生青年会議所から資金を出し、基金運営も青年会議所メンバーに出向してもらうことで、運営しているが、今年の活動をしっかり行い、当初の目的通り、外部からの人材の受け入れをさせていただいたり、或いは、篤志家や企業からの寄付を募るなど、より幅の広い団体として行きたいと考える。その為にも、市民にとって本当に使いやすい、意味のある基金、市民に必要とされるものとしていきたいと考えている。

 また、同日に群馬大学工学部や市内の高校生達とによるまゆ玉転がし実行委員会が群馬大学工学部にて開催された。いよいよ参加チーム募集用のチラシも刷り上り、市内の皆様に広く配布させていただくことになる。

 まゆ玉転がし大会も今年で12年目を向かえ、これまで全国放送を始め多くのマスコミに取り上げられたり、市民への認知度も大変広がり、携わるメンバーも群馬大学工学部の一部の学生さんと青年会議所メンバーというところから、多くの高校生ボランティアや婦人会など、その輪も広がりを見せ、市民の手作りによる市民の為のイベントとなってきている。

 高校生や大学生のように、感受性の強い年代の若者が、一つのまちづくりに繋がるイベントに参加するだけではなく、準備の段階から担当をもち、責任もって作り上げていくという経験を積み、我々のような社会人と接することで、非常に有益な社会経験を積むことが出来るのではないか?と考える。

 一方で、最近も、凄惨で残忍な事件、ショッキングで身勝手すぎる事件が相次いだり、或いはイジメも、ネットを利用したりとどんどん複雑化してきている。そうしたことが普通の、身近な社会のすぐ横で起きている。そうした現実や入試など、様々な要因で心を悩ませ、精神を傷つけている青少年も多くなってきている時代である。

 時代背景としては、我々親世代にも子供の教育に対する大きな問題を抱えていることは拭えないが、少子化や、遊びの多様化、孤独化などにより、青少年が内に引きこもることが多くなっていることもあげられるのではないだろうか?

 そうした中、このように、幅広い年代の人たちと、協働して一つのものを作り上げたり、自分たちが責任を持って、自分たちの発想を巡らせて、イベントを一つ一つ準備し、そして、その成果をまつりの当日、暑さの中で、みんなでかみ締める。子供たちにとって、何と貴重な経験となることだろう。

学校としても以前と違い、就職経験を積ませたり、社会奉仕を授業に取り入れたり様々創意と工夫を重ねているが、それは、学生たちにより幅広い知識や、市民として社会的な使命感、達成感ややさしさを経験させたいという現われであると思う。

学生の本分は、学業であることは、勿論普遍であるが、こうした、社会経験や情操教育に携わる経験もどんどん積極的に取り入れて欲しいと思う。そして、若いうちに社会の中での自分の役割…一人では出来ることが限られるが、多くの人と協力することでできる達成感…そうしたものを体感し、豊かな精神性を培ってもらうことが、悲しい事件を撲滅させる、一番の近道ではないだろうか?

私も、一人の親として、自分の息子を頭でっかちで独りよがりの人間ではなく、幅の広い、感受性豊かな人間に育てていければ・・・と考える次第である。

桐生青年会議所の歴史と文化

 今朝ほど、創立50周年を迎える(社)足利青年会議所理事長の依頼を受け、我々(社)桐生青年会議所のある特別会員に創立50周年記念式典へのご案内状をお届けに、大川専務理事と共に同行させていただいた。

 そのある特別会員の先輩とは、(社)桐生青年会議所の歴史と伝統の中では欠くことの出来ない大変偉大な先輩であり、(社)足利青年会議所としても是非とも先輩に直接手渡しさせていただき、ご出席をお願いしたいとのことであった。

 ご出席をご快諾いただいた後、暫し先輩のご活躍された時代の青年会議所運動の思い出やら、数々のエピソードをお話いただき、改めてその先輩の偉大さ、そして、碧い理想に燃え、ご活躍されてきた足跡…そうして築かれてきた、歴史と伝統の重さを感じることができた。

 確かに、その先輩は、新年の賀詞交換会を始め、様々な行事に現在でもご出席いただき、お話をする機会も多いのではあるが、やはり、祝賀会の中でご挨拶させていただきながら、世話しない状況でお話を伺うのと、今回のように、先輩のご自宅でゆっくりとお話をユーモア混ぜてお伺いするのでは、内容も、理解も全く違い、私にとっても、先輩の様々な一面を垣間見ることが出来たことは大変貴重な経験となった。

 話の中で、先輩からお話いただいた思いを今度は、私たちが後輩に教えていかなければならないと、先輩はお話になっており、我々の52年の歴史というのは、確かに長く、語り継がれるべき時代に来ている…と感じた。

 また、午後にはファッションウィーク桐生推進協議会の第12回定時総会が桐生商工会議所6階ケービックホールで行われ、(社)桐生青年会議所から同協議会へ出向しており、協議会メンバーとして出席してきた。

 総会では、1年間の事業報告と決算といった内容が滞りなく決議されたが、緊急上程された案件の中に、桐生市とみどり市の合併に関する「要望書」についての審議が行われた。

 これは、現在、飛び地となっている桐生市とみどり市の早期合併について、両市にて既に合併推進室も設置されているが、桐生商工会議所として、既に合併の要望書を提出しており、様々な市民団体や業界団体に同様の要望書の提出を呼びかけており、今回、商工会議所に事務局を置く、ファッションタウン桐生推進協議会においても、要望書提出についての総意が図られたと言う経緯であった。

 我々としても、果たしてみどり市との合併なのか?その先の道州制を見据えた動きをしていくのか?改めてキチンとした対応が求められていくと思われ、議論していきたい。

 さて、来月のガソリンの卸売各社が原油価格上昇を受け、卸売価格を大幅に上昇させるため、小売価格は一気に10円程度上昇するとのニュースが掲載されていた。中国やインドなどの新興工業国の需要の上昇や、一部の投機筋の影響を受け、実経済にも非常に深刻な影響を与えていることは既に皆さんも肌身で感じられている通りである。

 そして、その影響は、代替燃料として期待される、トウモロコシの需要を逼迫させ、連鎖的に小麦大豆と多くの穀物に影響を及ぼし、我々の食卓にも影響を与えている。更に深刻なのは、後開発国に住む、貧しい生活者の生死をも脅かしているということである。

 そんな中、我国の農政では、食料自給率は40%程度であるのに、米余りとされ、あろうことか、減反政策と称して、休耕田する水田に補助金を与えると言う奇妙な政策を数十年にわたり行ってきた。

 その結果、農地は荒れ、就農者は減少を続け、我々の食卓は輸入品により賄われ、今後、更に食料調達が厳しくなることが予想される将来に果たして輸入継続できるのか?という厳しい現実を抱えている。

 そのような中、漸く自民党の自民活力創造委員会で、減反政策を見直し、休耕田での米栽培を支援し、バイオエタノール燃料や家畜飼料用として活用していくことを検討始めたようだ。

 既に現状の小麦市場の高騰から、学校給食を始め、我々の身の回りでは、小麦を使ったパンなどの食材から米食へと少しずつ需要の変動がおき始めており、今後「米余り」の現象は今後も継続するのだろうか?

 むしろ、現在の原油市場が一時的な高騰であったとしても、原油の需要増加傾向や、代替燃料需要は実需として確実に伸びているとすれば、輸入穀物の価格がどこまで下落するのか?非常に疑問でもあり、価格動向次第では、益々米食需要が増えたり、米の多用途展開をしていく必要性があると思われる。

 既に、荒れてしまった休耕田がすぐに耕地化できるのか?また、就農者が稲作を行うことが出来るのか?非常に懸念されるが、是非とも、本件に関して前向きな答えを期待したい。

市民文化会館の運営は?

 本日の午前中、財団法人桐生市民文化事業団の企画運営会議が開催された。この財団法人は、桐生市より市民文化会館の運営管理を任されている事業団であり、文化会館の管理を始め、市民の文化高揚を目指して、様々なコンサートや伝統文化講演など、事業計画を企画して来ている市の指定事業者である。

同事業団は、そうした事業の企画を、市民に企画運営委員、理事を委託し、企画運営会議での協議、理事会での審議を経て決定しているが、私も、(社)桐生青年会議所の代表として、企画運営委員を昨年度より拝命させていただき、色々と市民としての意見を述べてきた。

今回は、平成19年度の決算報告などが中心となり、当初は、短時間にて終了するのか?と思っていたが、様々な意見や質問があり、予定していた1時間半の会議時間では若干足りないような活発な議論が展開された。

例えば、同事業団が自主的に企画する文化事業(コンサートや伝統文化事業)は、市などからの事業補助金に入場券販売による収入で賄っているが、昨今の市の財政事情により、他の団体同様、助成金額の減額が続いている。

一方で、クラシック音楽などの文化事業を企画するには費用がかかり、そのまま入場料金に反映させてしまうと、入場者数に影響が出てしまう。従って、より文化的内容が高く、魅力的な事業をどれだけ企画し、多くの来場者に来てもらうことが必須の条件になると思うが、その部分においても様々な建設的な意見がなされた。

また、時代背景的なものとして、この事業団も財団法人であり、昨今の公益法人制度改革の対象事業者となり、事業団の性質上、より公益性の高い特定公益法人の取得を目指しているとのことで、今後会計処理を始め、相当の事務処理の変更を余儀なくされるとのことで、現在、様々な研究を行っているとのことであった。この部分では、我々青年会議所と、財団法人と社団法人の違いはあるが、同じような悩みを抱えているようであった。

さて、今日、サイクロンにより13万人もの死者・行方不明者が出ていると言われる、ミャンマーに我国の国際緊急援助隊の医療チーム先遣隊が、首都ヤンゴンに到着し、活動を始めたようだ。

国連を始め、世界各国の非難を浴びながら、これまで、タイなど一部の国を除いて受け入れを拒否してきたミャンマー軍事政府であるが、漸く救援の為の人的支援を受け入れた。

批判の高い軍事政権は、内国の実態を国際社会に露呈させることを嫌悪してのことと思われるが、被災者の救援、衛生低下によるコレラなどの二次災害、復興と国民生活を中心に考えると、どう考えても、ミャンマー軍政不独自での復興は不可能と思えてならない。

また、賄賂を渡して漸く認められた救援物資の配給をトラックから投げ渡す映像や、国連などからの救援物資が軍部に横流しされ、被害の少ない首都都心部の市場で売られているような現場が放映されると、世界中の善意が一部の軍属の不正所得となってしまっているのではないか?との疑いが晴れず、果たして我々が義捐金を募ることが正しいのかどうかさえ疑問に思えてくる。

25日に行われた、ASEAN(東南アジア諸国連合)でも110億ドルと見込まれる復興資金のうち、近隣ASEANからは、数千万ドルの支援に留まり、難航している。これも、ASEAN諸国の懐状態というより、そうした政治不信の背景もあるのではないだろうか?

軍事政権では、この週末に軍事政権の体制維持を目的とする国民投票を被災地でも行ったと報じられているが、国民生活の保障ではなく、体制維持だけを目的としている政府であれば、国連を始めとする国際社会は、より厳しい眼を向ける必要があると思われる。

一方、比較的早めの国際支援受け入れを表明した、中国サイドでも、当初諸手を挙げての受け入れが出来なかった背景には、被災地域が同国有数の軍事施設を含む核施設が多く存在し、多くの放射性物質が被災している現実を当局が隠蔽したかったという思惑も見え隠れする。

被災状況については、共産党一党独裁体制にありながら、比較的外国メディアにもOPENにしたり、被害状況を公表するなどしており、ほぼ同時期に批判を浴びていたミャンマー軍政との違いを見せ付けたが、一方でこの核問題や、一部で伝えられる、学校の手抜き工事への被災者の不満などになると、当局も急に歯切れが悪くなる。

更には、瓦礫の中の広場で、ビニールシートをかけただけの仮設テントで雨をよける被災民の横で、立派な人民解放軍のテントが立ち並ぶ姿を被災者はどのように見ているのか?疑問である。

今後、両国とも、こうした国民の不安や不満をどのような形で収束させていくのか?非常に興味深いものがある。(我々一般社会の民衆にとっては)当たり前であるが是非とも、体制維持ではなく、被災した国民の救済第一で臨んでほしい。

父として(社)館林青年会議所の公開例会に行ってきました。

 昨日は、久しぶりにLOMの公務もなかったので、(社)館林青年会議所主催の公開例会「親学のすすめ」~ご存知ですか?子供の気持ち~を聴講してきた。

 講師は、岐阜県初の民間人校長として、斬新な中学校運営や教育方針で知られる、山田純二氏。以前に両毛地域青年会議所協議会の会議の後に、本年度理事長の石川吉治君がPRしていたのを思い出し、出席してみようと思った。

 というのは、表向き。実際は、会社経営と、青年会議所活動を理由に中々家庭を顧みたり、子供と接する機会が少なく、すくすくと成長するわが息子への接し方に少しばかり自信を失いかけていた自分として、改めて勉強してみたくなって出席したと言うのが本音である。

 (社)館林青年会議所は、今年創立45周年を迎えるが、その創立に際して、我々(社)桐生青年会議所としても先輩たちがお手伝いさせていただいた経緯があり、現在も我々はスポンサーJCとされている。

 (社)館林青年会議所と言えば、私の中では、青年会議所の三信条である奉仕・修練・友情の中でも、特に友情に重きを置く青年会議所と言うイメージがあり、本年度の石川理事長も非常に温厚な性格。関東平野の真ん中にある、その土地柄同様、非常に大きな心をもつメンバーの代表といった印象が強い。

 さて、講演会には、教育者と思われる方や一般の方々が約100名以上詰めかけ、青年会議所メンバーもそれに加わるので、ほぼ会場は満席。その中で、講師より、分かりやすい平易な表現、時々笑いや冗談を交えた熱弁が奮われ、参加者は熱心に聞き入っていた。

 特に、最近の子供たちは「自利他利」(自分の利益は他人の利益といった日本人らしい考え方)ではなく、「我利我利」となり、我慢が出来ない子供が多くなっている…その子供たちの親がそうした基本的教育を子供たちにしていない…つまり、親自身がそうした感覚を持ち合わせていないので、教育できるわけが無いと話された部分に特に共感した。

 そして、学校に入る前に家庭や地域での心の教育が必要であり、学校で知・徳・体を学び、自己尊重感を醸成していくことが求められていると続いた。本年度我々桐生JCでも魂(こころ)づくり室を設置させていただき、市民や経営者に対して、最近忘れ去られがちになってしまっている、日本人が古くから持っている美しい魂(こころ)を取り戻そうと運動を行っているが、まさに同じようなことが館林の地でも行われていた。

 当日先生が強調していた、子供の教育の在り方について下記にまとめてみた。
1.ほめ言葉を多く、「ご褒美」というモノで子供を釣ってはいけない。
2.一貫した態度で子供と接する。
3.規則正しい生活リズム(早寝、早起き、朝ごはん)
4.超えてはいけない一線を見極める。
5.しつけ…特に子供の一寸した暴力に対する毅然とした態度、ペナルティ
6.警告…次の予定の告知と準備
7.説明…子供にどのように振舞って欲しいか、事前説明と演習
8.自制心…TVのチャンネルは親が持ち、子供への気配りも忘れずに。
9.責任感…ものの貸借、順番、約束を守るなど社会的ルールを教える。
10.リラクゼーション…子供と一緒に遊ぶ。親がリードせず、我慢して子供にリードさせる。

 上記は、非常に当たり前のことばかりであるが、自身振り返ってみると、時として感情で子供をしかったり、モノで釣ってしまっていることがあったり、中々実践できていない項目もあるような気がした。

 また、しつけと称して暴力を振えば子供は将来暴力を行使する。しつけとは、大げさに褒め、認め、感情を殺して、しっかり説明してしつけることが大切なのだと言う。私も父親の一人として考え新たに子供と接していきたいと感じた。

 最後に、昨日深夜NHKのBS放送で衝撃的な番組が放映されていた。南アフリカの北にある、スワジランドという国で、数年に及ぶ深刻な旱魃により、人口110万人のうち20万人以上の国民が深刻な飢餓状態にあり、HIVの蔓延(成人の約40%が罹患)が労働人口の減少を招き、危機的な状況に陥っているというのだ。

 国連では、食料支援を行っているが、アフリカの小国への先進各国の関心は薄く、十分な支援物資の調達が出来ていないこと、また、長期にわたる支援の結果、国民は労働を忘れ、支援物資だけを当てにしてしまい、HIVで両親をなくした子供たちは労働意欲も、農業の方法すら知らないという支援による副作用の現実が紹介されていた。

 そんな中、今、支援物資調達に苦慮し、国民の自立を主張する国連と飢餓救援物資の支給を求めるスワジランド政府関係者で協議が続けられているが、安易な支援の弊害と、飢餓の現実…一体我々はどのように接していくべきなのか…地球の裏側では我々の想像を絶する厳しい現実があることを知らされ、深く考えさせられた。

物価高に試される経営者

 昨日のニューヨークの原油先物市場では、一時原油価格が1バレル(約164リットル)134.15ドルという値をつけたそうだ。1月の新春相場で100ドルを超え、3月に110ドル、5月5日に120ドルと、その上昇スピードは加速していく。

 また、鋼材を始めとするありとあらゆるマテリアルも上昇を続け、代替燃料であるバイオ燃料需要などから、穀物を始めとする食材も高騰を続ける。

 国民所得は増えない中、公的負担は増加し、一体この傾向はどこまで続くのだろうか?

 一方で、こうした原材料価格の上昇を販売価格に反映できない事業者の苦悩も続いており、爪に灯をともすような経費節約や効率改善を続けているが、もうそれにより、コストダウンを実現できる材料価格ではなくなってきている企業が大半。

 そんな中、先日の高級料亭吉兆の料理の使いまわし騒動…その前にも消費期限切れ問題で大きく信用を失墜し、民事再生法に基づく企業復興中であるのに…加えてスーパーでの刺身の盛り直し疑惑や大阪不動産業者によるビルの階数水増し疑惑…これも耐震偽装問題が発覚したばかりなのに…そして、人命を守るべき島根県の医療機関で採血針の使いまわしにより、受診者14名がB型C型肝炎に罹患したとのニュースも。

 こうした事業者は、コストダウンの努力と、顧客への安心提供の義務を履き違えているのではないだろうか?一度失われた企業の信用を回復することは極めて困難なことを本当に理解して欲しい。

 そのような中、日経ビジネス誌5月19日号に老舗の高級ホテル「帝国ホテル」藤井会長の名言が掲載されていたので、是非ともご紹介したい。

 「帝国ホテルに対するお客様の評価は、『さすが帝国ホテル』というお褒めの言葉と、『帝国ホテルともあろうものが』という叱責の言葉の両極端に分かれます。中間の評価はありません。(中略)『100-1=0』これは帝国ホテルのサービスの教訓としている算式です。(後略)」

 つまり、最高級の料金と引き換えに最高級のサービスを提供し、最高級の満足をお客さまに提供し続けなくてはいけない業界トップの厳しい責任の自覚とその実践への固い決意がにじみ出ている言葉であり、私の心を強く刺激した。

 格安のビジネスホテルチェーンが台頭し、既存の事業者にとって土砂降りのような業界と推測されるホテル業界だが、やはり老舗として、高級ブランドとして生き残っていく…顧客に愛され続ける…その否決の一例ではないだろうか?

 ホテル事業だけではなく、ありとあらゆる業界で価格破壊は当たり前の時代。しかし、時代は、熾烈な価格競争に打ち勝つビジネスモデルだけでは、勝ち残れない時代に入ろうとしており、様々な企業が価格競争ではない、自社ブランドの確立を図らなくては生きていけない時代に入ろうとしている。

 それは、他社と一線を隔す技術力や顧客をうならせるサービスや安心…様々な切り口から企業は挑戦して行く時代となってきた。作れば売れる時代から、安ければ売れる時代、そして、商品力本来の力が試される時代へと時代が移りつつあり、併せて原材料高という大きな障害も現実化しており、今後企業経営者の経営の舵取りの重要性が益々増してくる時代となってきた。

 しかし、こんな時代だからこそ、企業経営者には、顧客に正直に顧客の満足する商品を、信頼関係の築かれた社員や関連業者と力を合わせて造っていく…経営者の魂(こころ)の真価が問われてきているのではなかろうか?

 話題は変わるが、四川大地震から10日余りが経過し、犠牲者は4万人をはるかに超え、1000万人を超える被災者が出ている。状況は情報と共に深刻さを増してきている悲しい現実がある。

 我々青年会議所としても、(社)日本青年会議所 国際協力委員会の舵取りで、全国の青年会議所に向けて、この悲惨な震災への支援活動の一環として、義捐金を募ることとし、我々(社)桐生青年会議所としても、昨日の例会より来月末までメンバーを中心にこの支援に協力させていただくこととした。

 是非、皆さんも様々な団体が義捐金を始め、支援を表明しているので、それぞれの立場で協力していただけることを期待したい。

 災害とは、突然被災するものであり、いつ我々が罹災するかは不明である。私は、暖かい心を届けるこうした動きを大切にしていきたいと考えている。

7名の会員が入会しました。

 先日の理事会にて7名の新入会員入会の承認を受け、本日の会員委員会担当の例会にて認証伝達式が行われる。まもなく25歳となる若いメンバーから、35歳を迎える「特別な理由」で入会を果たしたメンバーまで、男性6名、女性1名の面々である。

 (社)桐生青年会議所では、通常20歳以上40歳までのメンバーで構成されるメンバーの入会資格を年度末で満25歳以上34歳未満と規定しており、他の青年会議所の入会規定と比べて厳しい内容となっている。

 それは、青年会議所メンバーとして、責任もって率先して活動を行ってもらう必要性があるため、学校卒業後、一定期間の社会経験を持ってもらった人物ということで、最年少の規定があり、また、青年会議所メンバーとして、幅広い活動を行い、経験と知識を持って卒業してもらう為に、一定期間以上の在籍をしてもらい、毎年様々な委員会に所属してもらう為に、入会最高年齢が定められている。

 古く(社)桐生青年会議所の歴史を紐解けば、1956年の創立前の前桐生青年会議所(1950年創設)の時に集まった青年有志も同じ年齢で召集されており、この入会規定の起源となっているようである。

 現在我々の入会規定では、毎年前期(5月)と後期(9月)に新入会員が入会できるシステムとなっており、今年は、会員拡大を一つの最重要テーマと定め、特別委員会を設置し、前期後期にそれぞれ、15名ずつの入会を計画していたが、前期は結果として計画未達という残念な結果となってしまった。

 理由としては、委員会やメンバーによる活動が不十分であったこともあるかもしれないが、やはり厳しい時代背景もあると考えられる。であれば、上記の入会規定を緩和するなどの措置も必要なのでは?との議論も理事会で飛び交った。

 以前にも同様の議論があり、協議に至った経緯はあるが、その時は、やはり、入会規定の根拠を考慮した結果、審議に至ることは無かった。それから数年経つ現在、改めてこの課題に対して議論をして行く必要があると考える。

 また、規定の中には、「特別な理由」により、年齢制限を越えても入会を承認する規定も存在し、ファジーさも残されており、私としては、このファジーさが非常に重要な意味を持っていると考えている。

 つまり、年齢によりキッチリ定めることも必要だが、この規定により、その時代時代により何故厳しい年齢制限が設けられているのか?その必要性は何なのか?そして、年齢制限を越えても入会するのはどんなケースなのか?真剣に議論できる場があるからである。

 また、今回の入会者が7名であったこと…計画未達成であったこと…に対しては、担当の会員拡大特別委員会のメンバーだけでなく、全メンバーが自身のことと、真摯に受け止め、後期の活動に活かしていかなければならないと考える。

 何故入会希望者が少なかったのか?入会希望を入会と言う形に変えることが出来なかったのは何故か?いずれにしても、今年度多くの卒業予定者を控え、今後我々が発展的に行っていく為には、勿論メンバー一人ひとりのスキルアップと行動力が必要であるが、やはり、我々も団体である以上、活動を行っていく為の数も必要なことは事実。

 一方で、我々にとって必要なことは、一つ一つの事業が本当に市民の為になっている事業であるのかどうか?つまり、我々自身が魅力的な団体であるかどうか?を避けて通ることは出来ない。

 それは、非常にせわしない現代社会において、誰しもにとって貴重な時間を費やし、手弁当でも、我々と行動を一緒にしたいと思われるような団体である必要があり、その為には、一つ一つの事業が魅力的なものでなくてはならず、私もこれまでに増して魅力的な事業を実行できるよう、最大限の努力を図っていかなければならないと決意を新たに取り組む所存である。

人ゴトは人ゴトではない。

 4月11日(金)、5月12日(月)に行われた、みどり市長、桐生市長のマニフェスト検証大会の結果について、5月17日の桐生タイムス紙に総括的な記事が2面に渡り掲載されていた。

 改めて、我々が企画させていただいたこの検証大会が意義深いものであり、世間に対して大きく訴えきた成果をかみ締めると共に、その責任を強く感じた。

 我々として、市政がキチンとマニフェストに沿って運営されているか?実行に移されているか?ということの検証をすること自体にも重きを置いていたが、もう一つ、市民が主役のまちづくりをして行く必要性…その為には、市民の皆さんが、市政の現状を良く知り、関心を持っていただくことが不可欠であることを協調させていただいたが、こうして、紙面に掲載されることで、より多くの市民の皆様に改めて、その必要性が訴えられたと確信した。

 右肩上がりの経済情勢から、成熟社会・高齢社会に向けて殆どの地方自治体が財政的な悲鳴を上げる中、今後、行政サービスの中身も、地方自治体そのもののあり方…合併を始めとする数々の課題について、人ゴト…政治家や市職員にお任せではすまない時代となってきている。

 だからこそ我々が自分自身で考え、その考えを4年に1度の投票行動やその他の活動を通じて明らかにし、強く主張していかなければならないし、自分たちで行うべきところは行政にお願いするのではなく、自分たち自身の手で行っていかなければならないことも増えてくるだろう。

 それは、地方行政だけではない。国家に於いても、国債依存…借金漬けの状況は変わらない。また、社会保障費…年金や後期高齢者保険制度、道路特定財源を始めとする特定財源のあり方や必要性が今、問われている。

 そして、その結果が今、まさに国会で議論しているが、その議論は、我々の取った投票行動…意思が正しく反映されているものかどうか?良く考えて欲しい。道路も、色々な箱物もあればあったで活用の方法もあるのかもしれないが、もし、自分の金で作るとしたら必要なものなのであろうか?

 自分の金と書いたが、税金や国債(将来自分たちの税金で返済していかなければならないもの)で賄われている…紛れも無く自分たち自身の金の使われ方そのものであると認識して欲しい。

 ところで、中国の地震の被災者は、既に3万4千人を越え、まだ多くの生き埋めの人や行方不明者がいて、20万人を超える負傷者、そして、被災者は500万人にも及ぶと言う報道が流れている。

当局の発表でも犠牲者は、5万人に上る予想となっているが、日に日に明らかになる被災地の状況…人口数万人の町がいくつも壊滅的な打撃を受けたという映像が流れ、日本からの救援隊の到着した最初の町では、80メートルに及ぶ土砂が町を覆い、手の施しようがないという状況…そして、何より生存者の救命を第一に犠牲者の遺体を運べない状況…瓦礫や、地震湖からの腐臭…という状況を聞くにつれ、被害者はまだまだ増え続けるような不安がよぎる。

地震湖の決壊の危険性、疫病や伝染病といった二次災害、生き残った多くの被災者の避難生活、更には、産業復興と、中国有数の農産地=食料供給拠点と言う現実を考えると、その爪あとは今後長期間かつ深いものになってしまいそうだ。

一方、中国国内での献血運動や、ボランティア、義捐金活動、愛国運動が高まってきているという報道も流れ、中国国民の打算的なイメージを払拭し、熱い血の流れた人間らしさを感じる。

しかし、今後、最も不安なことは、やはり食料供給の不安と、それによるインフレ、一部で伝えられている役人の汚職による手抜き工事の実態がどのように国内で処理されていくのか?特に、現在中国で流されている今回の被災情報が、戦時中のわが国の官製情報さながら、奇跡的な生存者とその救援に臨む人民解放軍の姿…愛国心をそそる報道が中心ということもあり、その事実を国民が知ったときの反応がどのように出てくるのか?一抹の不安が残る。

また、食料や原料、工業製品の輸出国である中国の食料供給源が未曾有の被害を受け、生産者が非生産者となってしまった現実は、世界各国への食料供給元から輸入先へとその姿を変え、世界中で高騰している穀物価格に悪い影響を起こしてしまうような気がしてならない。

そして、その結末は、我々の食卓や家計への影響もさながら、わが国の農政に対して大きな影響を及ぼすことになってくるのではなかろうか?

今回の地震の被害は今後深刻さを増し、その影響範囲を更に大きくさせていくような気がしてならない。

青年会議所の運動の行く末は?

 昨日、(社)伊勢崎青年会議所の創立45周年記念式典、引き続いて記念祝賀会が開催された。日ごろ世話になっている、行政や関連団体の代表者、これまで、(社)伊勢崎青年会議所を盛り上げ、歴史を作ってきてくれた特別会員、そして、仲間である、各地の青年会議所メンバーを招いての厳粛な式典であった。

 私も、桐生のメンバー20人と共に出席したが、緊張した面持ちの中、松永理事長より挨拶が行われ、理事長本人もかなり緊張していたようであるが、それを見守る私自身が緊張していたのには、自分自身で驚き、そして一寸滑稽な感じがした。きっと、松永理事長と自分を自然と掛け合わせている自分がいたのだろう。

 通常ではこのようなことはありえないのだが、日頃、生業とは別に地域のまちづくりを始めとする青年会議所運動を伊勢崎と桐生の地域の差はあれ真剣に取り組んで来ている仲間意識・・・友情…がそうさせるのだろう。

 また、式典の最後で(社)伊勢崎青年会議所のシニアクラブ世話人代表より、自分たちが真剣に運動展開してきた時代と、現在の時代背景が大きく異なり、経済的にも、少子高齢化と共にメンバーの入会事態が厳しくなってきた中、活発化してきた運動に対して前向きに対応している、現役メンバーに力強い応援メッセージを頂いたが、それもまた真の姿なのだろうと強く感じた。

 青年会議所とは、日頃、まちづくりを中心として、様々な事業やイベント、講演会などを開催し、地域に自分たちの主張を発信してきているが、どこの青年会議所でも5年ごとに開催される、周年の式典や記念事業を大々的に開催していくのだろうか?

 それは、自分たち青年会議所の歴史と伝統を築いてきてくれた特別会員への感謝や、日頃大変世話になっている行政や関連団体への感謝を現す場としての必要性が中心だが、中に向いては、毎年出来ないような大きな事業や式典を開催することにより、マンネリを避けたり、一つの大きな事業をメンバー全員で積み上げて企画していくことにより、求心力を強め、喜びを事業の対象者となる市民と一緒に自分たちも影で味わいたいという部分もあるのだろう。

 勿論、自分たちだけのために行っているのであれば、それに付き合わされる市民はたまったものではないが、記念事業を通じて市民の人々の喜んだ顔を見ながら、自分たちが正しい…良かれと思って行った事業の有効性を確認し、自分たちが苦労して行ってきた事業への達成感を得るということなのだろう。

 さて、5月中旬になってきたが、先週開催された、群馬ブロック協議会では次年度会長選出の為の選挙管理委員会が設置され、また、本日行われる両毛地域青年会議所協議会(6JC)も前回の会議でも次年度の会長選出委員会が組織された。

 まだ、今年度が始まって半分も経過していないのに・・・と言う気持ちが私自身感じないかと言えば、正直感じる部分もあるが、真剣にその年その年の事業継承をして行こう…そして、限られた1年で最大限の成果を出して行こうと考えれば、その前の年…つまり、今年の中での準備期間というものが重要になってくることは理解できよう。

 1月から事業がスタートし、トップスピードで走り始めるのであるから、年間の事業計画や方針、人事などは事前に万全の準備が必要になるのである。

 夏を過ぎるとそうした動きと、今年度の動きと重なり、大変忙しくなるだろうが、私としても、12月年末最後までしっかりと職責を務めて行きたい。

 最後に、本日6JCの議決機関である、理事長幹事会議が開催される。会則変更についての協議が行われるようであるが、私としては、本会が発足した当時と、現在では道州制の実現性が非常に高まり、構成するそれぞれの青年会議所の実情も大きく異なってきている現代において、その役割についても改めて協議する必要があるのではないだろうか?

 もともと、県境を跨いで入るが、同じ文化圏、経済的な繋がりや生活圏としての繋がりから、本会は発足しているが、道州制が現実味を帯びてくると、そこには県境は無くなる。また、我々の直面する公益法人制度改革により、我々はより公益性の高い、特定公益法人を目指していくことになろうが、その実現には、事業自体の見直しも必要になると共に、青年会議所として、相当の規模も必要になってくることも現実の問題として浮き上がってくる。

 ただ、構成するそれぞれの青年会議所には、独自の歴史と文化があり、一概に合併して一緒になることは現実的でないかもしれないが、それは、行政も同じ。だからこそ、6JCのあり方をもう一度根本から見直し、どのような運動をしていくのか?目的をどうして行くのか?についても考えていく必要があるのではないかと考えるのである。

 つまり、道州制を見据えた中で協働して運動展開している、その団体自体についてもその方向性を打ち出して行く時期に来ているのではないか?と考える。

震災から、防災へ。我々は何が出来る?

 中国での四川大地震の死者は約20,000人にものぼり、残念ながらまだ、相当の犠牲者が増加しそうとのニュースが伝えられている。

 そのような中、中国当局は、これまで、受け入れ態勢不十分という理由で諸外国からの人的支援を拒否してきた方針を一転して、受け入れを表明。最初に、地震国である、わが国の国際緊急援助隊の受け入れを表明し、早速昨晩緊急出発、今朝未明に現地到着の運びとなった。

 既に各紙で伝えられているように、こうした震災被害の人命救助は迅速さが、救命率に直結する。既にタイムリミットと言われる72時間は過ぎたものの、今後一人でも多くの被災者の救命が進むことを願う。

 実際に、まだ、震源地に近い多くの農村では、殆ど救援の手が届いておらず、被害の実態はつかめていない状況と思われる。果たして、温家宝首相が現地入りする位のタイミングで諸外国からの人的支援受け入れ表明を発表していたら、もっと多くの人命が救助されたのではなかろうか?

 一方ミャンマーでは、軍事政権は一向に外国からの人的支援を受け入れようとしない。
被害は中国での震災よりはるかに大きいと伝えられ、新たなハリケーンの発生も伝えられ、今後の被害拡大や伝染病や飢餓など二次被害、三次被害が心配される。

 中国の共産党政権、ミャンマーの軍事政権と我々民主主義の国とは違い、国家の威信や多くの機密事項等、諸外国の救援を受け入れることで、自国の秘密や弱点を世界にさらけ出す危険性を憂慮して受け入れが遅れたり、拒否したりするのだろうが、まずは、被害者国民を救済することが、世界共通の国家の義務であり、務めであることを忘れてはならないと思う。

 今回派遣された、わが国の緊急援助隊には、人命救助に加えて、負傷者の救済や衛生状態の悪化からくる二次災害の極小化にその辣腕を奮ってもらうよう期待したい。

 さて、前述の通り、地震や水害などの天災を被った際、被災地域では、被災者自身での災害対応が厳しく、また、警察や消防、自衛隊などの公的な出動だけでは人手が足らなくなる。特に災害直後の人命救助の後に来る、避難先での生活や復興の最初の片付けなどの部分では多くの人手を必要とする。
 
 そうした対応をすべく、我々青年会議所としても、関東地区協議会では、KADSと呼ばれる災害対応のシステムを数年前に開発し、有事に備えている。青年会議所は全国各地に存在し、近隣の地域で被害発生時には、有効な情報の発信から、支援のニーズ等について現地災害本部と連絡を取り、出動できる態勢となっている。

 また、我々としても市内にある、群馬大学工学部の災害の専門家である、片田先生をお招きして、防災について教えを乞うたことがあるが、「防災」とは如何に安全に逃げるか?予兆を早く察知し、事前に決められた安全の場所に早く逃げるか?ということが必要とのことであった。

 また、超高齢社会を迎えた現代社会においては、独居老人や老人夫婦のみの世帯など、自力では非難出来づらい状況の近隣者の救済も一つの問題となってくる。特に現代社会では、かつてのような近所づきあいも希薄化が進んでいる。

 しかしながら、今回の震災でも露呈したように、災害弱者は、老人や乳幼児、貧困者といった社会的弱者が不幸にもそれに該当してしまうケースが非常に高い。

従って、被害者を被災時に出来るだけ少なくしようとしたら、勿論、緊急持ち出し用の防災グッズを取り揃えることも必要かもしれないが、まずは、安全と思われる一番近い避難先はどこであるのか?を事前に確認しておくこと。そして、逃げる際に自宅や近隣の高齢者や子供の安否や非難の状況を確かめられる近隣の情報を持っていることが必要だと思う。

また、水害などの際は、どのような状況になったら、危ないのか?どの時点で逃げるべきなのか?また、その予兆はどこで現れるのか?など、近隣での防災についての勉強会などをしておくことも有効と思う。実際、(社)桐生青年会議所としても数年前に片田先生と共に、境野三ツ堀地区などで、そうした勉強会・・・防災マップ作りをお手伝いしたこともある。

また、こうした勉強会や話し合いをすることで、普段近所づきあいの遠のいているご近所とも新たな交流ができたり、地域に興味を持つきっかけとなったり、副次的な効果も大きいのではないかと考えている。

今年度、我々(社)桐生青年会議所としても、こうした防災について、改めて動いていければ…と考えている。

両毛の魅力とは!

 昨日、桐生・足利・館林・太田・佐野・おおらか(大泉他)の6つの青年会議所で構成している、両毛地域青年会議所協議会(6JC)の合同例会が開催された。

 県境を越えた、これらの地域は、「両毛」と言われ、県境をはさんで入るものの、昔から、経済的にも文化的にも結びつきが強く、生活圏としても近い。なので、三十数年前から、地域的な結びつき、交流を強化し、両毛地区の可能性を青年会議所の立場から検討してきたのが、この団体である。

 平成の大合併により、3,000余りあった地方自治体(市町村)は、1,700余りに統合された。これは、著しい経済発展を遂げた成長の時代から、成熟の時代を迎えた日本…人口的にも、増加から減少へ、高齢社会へと向かう中、様々な社会保障整備や、これ以上細やかな行政サービスに行き詰まりを見せている現状打破の第一弾と捕らえるのが本当の姿であろう。

 つまり、限られた国家予算から、地方行政に回すべき、「地方への交付金」の財源が捻出できない、出来れば、国や県と言った大きな行政権限を基礎自治体に委譲することで、効率性を期待した結果なのだろう。

 しかし、これで、終わりなのだろうか?今年の春に政府の諮問機関である「道州制ビジョン懇談会」からだされた答申では、2018年を目処に現在の日本を9~12の道州に分割し、現在の市町村にあたる基礎自治体を300程度に集約していくべきとあったように、平成の大合併は第一弾に過ぎない。

 道州の次は基礎自治体になるとすると、県の存在はもっと縮小されるか、廃止されてしまうのだろう。そして、1億2000万人のわが国の国民は、単純計算すると、人口30万人~40万人以上の基礎自治体に属することになる。

 ここまでお読みいただけば、我々は目先の小さな合併にとらわれることなく、我々市民自身の選択として、近い将来どのような形が良いのか?住み易いのか?自分たちであらゆる可能性を考えていく必要があり、その為に、我々6JCではその可能性を求めて活動をしているのだ。

 しかし、実際に我々は自分の住むまちの人口や面積、主産業、特徴はご存知かもしれないが、隣町の概要は分かっているようで分かっていないのが実際ではないだろうか?名勝や、特産品や、場所は知っていても、やはり、自分の住むまちとの認識や興味は違うと思う。

 それは、我々青年会議所メンバーも同様。そんな訳で、昨日は6JCの2つの委員会が合同で勉強会を開催し、地域活性委員会からは、歴史や文化といった切り口から、地域創造委員会からは、経済や人口などの基礎データといった切り口から、6つの地区の特徴についての研究結果が発表された。

 1時間半程度の発表時間で、2つの委員会から、6つの地域をそれぞれの発表担当者から発表されると、この勉強会の審議のときに言われていたので、非常に大まかな、ありきたりの情報の発表に終始するのか?と思われ、最初はそれほど期待しているわけでもなかったというのが(理事長のブログとしては不適切な表現で申し訳ないが)、当初の予測であったが、蓋を開けてみると、予想と全く反したものであった。

 確かに、限られた時間で、全体的な発表とは違うのであるが、始めに発表のあった、地域活性委員会の発表では、各地域の歴史と文化の中から、特徴的でありながら、特定の部分を取り出して一寸突っ込んで行う・・・次回以降の公開委員会や勉強会への興味をそそるような内容がそれぞれの発表者から発表された。

 そして、地域創造委員会からは、地域ごとの定量的な人口や面積、主要産業といった内容に加えて、両毛と言う地域が合わさると、全国的に見てどのような位置づけとなるのか?そしてどのような可能性があるのか?を期待させるような内容・・・非常に基礎的でありながら、あやふやな部分を取り除き、そして、これからももっと調査研究をしてみたいと思わせるような内容であった。

 つまり、今回の合同勉強会の内容とは、非常に入り口の、さわりの部分の発表であったのも事実であるが、まるで、一寸眺めの映画のプロローグ編のように、次回以降の興味をそそる内容でありながら、抑えるところは抑えているような内容であった。

 次回以降は、合同例会や、公開委員会でより専門的に内容が発表され、どのような今年の成果が現されるのか非常に興味をそそられ、懇親会に臨んだ。

四川省の大地震へのお悔やみとその影響

 先週末から、とても寒い日が続いている。今朝も朝から寒く、雨模様。今日一日天気は大荒れのようだ。気象庁によれば、季節はずれの台風と、上空に強い寒気が押し寄せている影響とか。週末には日光を始め関東山間部でも降雪があった。ここ数日3月中旬並みの寒さということで、私の周りにも体調不良を訴える人が多い。連休明けまでの暖かさがまるで嘘のようで、体調管理に気をつけて欲しい。

 ご当地でも雨が降っているが、12日に大地震のあった、隣国中国の震災現場でも風雨に悩まされているとの報道が伝えられている。中国南西部成都付近で起きた今回の大地震は、マグニチュード7.8(アメリカの研究機関では、M7.9に修正したとも。)と、阪神大震災の10倍程度の規模の地震エネルギーだったようで、地震規模としては最大級とのこと。

 まずは、1万2千人を超える犠牲者にお悔やみ申し上げたい。また、更に多くの負傷者…まだ瓦礫の下で救援を待っている被害者、その救済に当たっている当局の方々にご支援申し上げたい。そして、出来る限りこの被害が最小限に食い止められるよう、中国政府始め、世界中からの協力をお願いしたい。

 震源地付近の化学工場や学校など、多くの施設で逃げ遅れた社員や生徒が多数生き埋めになったとか、震源地に近い農村の町では、80%もの家屋が倒壊したり、主要交通網や、電気や水道などのライフラインがストップした状況が伝えられている。

 中国の温家宝首相が現地入りして、陣頭指揮をしているなど、様々なニュースが流され始めているが、私の感じた部分では、以外に情報が少ない…少なすぎる。確かに、中国政府という特殊な政府が外国メディアに対して情報抑制している可能性も否定は出来ないが、中国国内での報道も真新しいものが見られないということであろう。

 原因としては、大都市成都中心部では、震度4程度で大きな被害がないようであるが、震源地に近い近隣都市には、道路が寸断されたり、規制の為、メディアが入り込めていないことが容易に予測できる。救援の手は十分まわっているのだろうか?従って、これから、被害者の数や状況は更に増加し続けるような心配が懸念される。

 そして、雨。地盤の緩んだ被災地に・・・被災地は、チベットの入り口であり、震源地は、標高500メートル程度の四川盆地と、標高6000メートルにも及ぶチベット高原の境目である。緩んだ地盤や、山の斜面の崩落による二次災害や、震源地の貧しい農村都市での被害であるので、急速な衛生状態の悪化による、疫病などの三次災害が懸念される。

 今回起きた地震による影響であるが、我々も隣国の被害と人ゴトには出来ない切実な問題である。被災地である四川省には、地元企業を始め、多くの日系企業が進出しているばかりか、更に多くの現地企業がわが国に対して化学製品を始めとする多くの工業原料の供給をしている。私の経営する会社にも影響が出てくる可能性もある。

 また、今回起きた地震は、チベットから押し寄せるプレートが、四川盆地のプレートを押し上げるように動いているが、その歪の解消現象とも言えるが、この地域は竜門山断層帯という有数の断層で、何と、首都北京付近まで続いており、首都北京での震災の可能性も否定できないという情報もある。
 
 従って、食料、工業製品の供給元としての中国、消費大国としての中国に依存せざるを得ないわが国の状況を考えると、決して人ゴトとは割り切れない問題に感じてならない。

 また、被災地は、地震の多い地域ということだが、多くの建造物は、耐震性に弱いレンガ造り。私も、東南アジアで暮らした経験があるが、同様のつくりが多く、外見はしっかりした高層建築であっても、その基礎部分や鉄筋等の柱は驚くほど貧弱で建設中のビルや高速道路、高架鉄道の現場を目の当たりにするたびに一抹の恐怖を覚えた記憶が生々しく呼び起こされた。

 確かに中国では地震の多い地域でも、その国土は広大であり、日本ほど中小の地震を含めて地震が頻発しているわけではないのではなかろうか?それに加えて、費用のかさむしっかりとした構造を持つ建築を行える経済基盤も貧弱であり、「安全」ということに対する認識が希薄であるとすれば、今回のような大地震には弱い状況であったということは容易に想定できる。

 そうした懸念やリスクを持つという現状は多くの開発途上国の宿命として仕方ないのかもしれないが、我々は輸入した食糧や製品にその衣食住を頼っていると言う現実。安さと手軽さの見返りは今後我々自身に対して、どのような形で振り返ってくるのか?出来れば、考えを巡らすことを避けたいが、これも現実である。

 従って、まずは、被災者の救済が第一であるが、その上で、我々自分たちで、どのようにこうしたリスクをヘッジしていくか?たくましく生きていくか?考える必要性について、今回の震災は雄弁に物語っているように聞こえてならない。

 併せて、空前のハリケーンにより10万人を超える被害が出ているミャンマーの被害に対しても心よりお悔やみ申し上げたい。そして、こちらも、衛生状態の悪化から、第2次災害…と被害の拡大がどれだけ抑制できるか?わが国政府に対して、すばやい対応をお願いしたい。

検証大会の狙いと、結果

 昨日、桐生市長のマニフェスト検証大会が予定通り行われた。

 ここ数年来、日本全国の青年会議所の仲間たちが、選挙時に公開討論会を開催していくようになり、公開討論会については、ある程度皆さんにご理解いただけるようになってきたと思うが、今回の検証大会という企画は、全国的にも殆ど事例が無く、また、投票と言う行動に直結しないので、どれだけ市民の皆様に共感していただけるのか?足を運んでもらえるのか?正直なところ大変気になっていた。

 先週桐生市役所の記者クラブにて記者発表させていただいた際も、参加者の動向が気になるというコメントをしたところ、記者たちからは、「検証という専門性が高く難しく感じる部分もあるので、人数の多寡は気にしないほうが良い。むしろ、行っている内容については、非常に関心もあるし、良いことだと思うので、頑張ってください。」と励まされるような言葉も頂いていた。

 しかし、蓋を開けてみれば、参加者は約450名。1,500名以上を収容する、桐生市市民文化会館の席を賑わすことは出来なかったが、本当に多くの市民の皆様の関心やご協力を得ることが出来、我々の真の目的である、「市政に関心を持ってもらい、自分たちのまちは自分たちで作っていこう」ということに結び付けられたのではないかと考えている。

 読者の多くの皆様も、ご出席いただいたと思うが、改めて貴重なお時間を頂戴し、本企画に参加していただいたことに対して深く御礼申し上げたい。

 さて、検証大会の中で、緊張した雰囲気の中、まず、市長より自身のマニフェストの自己評価が個別項目ごとにかなり細かく行われた。

 市長ご自身何度かコメントあった通り、亀山市長のマニフェストには、「すぐ」とか「1年以内に」と言う項目が多く、内容的に見ても市役所内、議会、市民に対して思い切った改革の内容が多く、相当なハードルであったと思うが、大多数の項目について、既に実行済みか、対応に着手しているものが多く、市長の市政に対する強い意気込みが感じられるものであった。

 続いて行われた、西尾先生による第三者評価が行われ、他に例を見ないほど、短期的に問題解決を図ろう・・・図っていかなければならない市の実態を反映したマニフェストであり、様々な障害を乗り越えて着実に、精力的に実行に移されているという評価が行われた。

 併せて、マニフェストは4年間かけて行われていくべきものであり、初年度で一定の成果が上げられた、見込みがついたのであれば、残りの任期で何をしていくべきなのか?長期的には市政をどのように導いていくべきなのかといった将来に向けたマニフェストを新たに作成することの必要性についても触れられた。

 確かに、初年度に相当の成果を上げられた裏には、大変な苦労があったことは容易に想像できるが、まだまだ、少なくとも3年という長い任期が残されていること、1年で相当の実績を上げるだけの力のある市長であれば、市民の要望やニーズを反映した、新たな計画作成し、きっと期待に応えてくれるだろうし、市民としても是非ともお願いしたいところである。

緊張の中、私も、何とか理事長挨拶や、第2部のパネリストとして十分ではなかったかもしれないが、務めを果たすことが出来て、ひとまず安心出来た。

 特に、主催者代表した挨拶の中でも、パネリストとしても、私が協調して申し上げたかったのは、市民の皆さんに、「市長を始めとする政治家を選んだら後はお任せ」ではないことを理解して欲しいということに尽きる。

 つまり、我々の住みやすいまちを作っていくためには、そのリーダーである市長や政治家、行政に託す部分(公助)と、自分たちが行政や政治家と一緒に地域ぐるみで行っていかなくてはいけないこと(互助)、自分の責任においてしなければならないこと(自助)に分けて考えなくてはいけない。

 現状、我々市民は長い間、経済成長をバックに、行政に託す(公助)に頼りすぎる嫌いが近年続いてきており、何から何まで税金を投入して、まちをつくり、豊かで便利な生活を追い続けてきたが、これ以上の行政サービスを求めることも、続けていくことも、右肩上がりの経済が期待できないことや、今までのツケがたまり、国から地方自治体に至るまで借金まみれの現状、税金や公的負担に国民もこれ以上耐えられない現実を考えると、今後我々は、前述の通り、公助・互助・自助をしっかり区分し、出来るだけ小さな政府・小さな行政を受け入れていく必要があるのではないだろうか?

 そして、公助の部分には、本当に必要なものをより効率よく行ってもらう為に、自分たちの意見をより反映してもらうように、自分たちの考えを明確にしていく必要があると考えるからである。

 改めて、もう一度、どうしたら良いのか?我々一般市民が求める行政とは何か?どれだけの負担に耐えられるのか?良く考えて欲しい。

 地方行政を円滑に進めるため、中央政府から補助金をより多く取ってくることも戦術としては、重要であるが、その中央政府の財源も国民である我々の血税が原資であり、既に政府の財布も借金まみれな現実がある。

 それよりも、より根本的なこと・・・つまり、どうしたら、産業が活性化できるのか?と同時に、どうしたら歳出をミニマイズ出来るか?という視点に立って考えて欲しい。

桐生市長のマニフェスト検証大会が本日開催!

 本日いよいよ、桐生市長のマニフェストの検証大会が行われる。
 日時:5月12日(月)19:00~
 場所:桐生市市民文化会館1階シルクホール
市民文化会館はこちらをクリック:http://www.kiryu-shibun.net/
  公開討論会開催についてはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/

ご存知の通り、現在の亀山豊文桐生市長は、丁度1年前の2007年4月の市長選挙時に、4年間の市長の任期中に行うべきことについて、マニフェストを掲げ、多くの市民の皆さんの投票行動によって支持を得て市長となった。

我々(社)桐生青年会議所主催としても選挙前に、市長候補者による公開討論会を開催させていただき、各候補者の市政に対する取り組みについて市民の皆さんに知っていただく機会を作らせていただいた。

そして、それから1年。地元紙などに掲載されている通り、様々な施策が講じられてきているが、果たして、我々に対して、「市長となったら、こうする」とまとめられたマニフェストは現状守られているのだろうか?或いは、確実に進展しているのだろうか?

そのことを市の主役である、市民の皆さんと一緒に、市長に対してその途中経過をうかがう機会として、今回の検証大会を企画させていただいたのである。

亀山市長のマニフェストはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/manifesuto.html

勿論マニフェストは4年間の任期で行うべきものであるので、任期1年が経過した今、全てが実行出来ていることも無いだろうし、もし、既に実行しているのであれば、残りの3年について、新たなマニフェストを作り、目標を作って行って欲しいし、また、逆に就任後、事情で実行不可能な項目があれば、その原因や理由を明確にして欲しいし、次善の策はどのようなものか?どのように修正していくのかも伺いたい。

今回の検証大会では、市長自身による自己評価に続き、評価に客観性を持たせるべく、マニフェストの専門家である、西尾真治氏をお招きして、同氏に客観的な第三者としての評価をいただく予定にしている。そうすることで、我々としては、中立公正な立場としてこの検証大会を進めて行きたい。
西尾真治氏のプロフィールについてはこちらをクリック:http://www.murc.jp/artspolicy/member/nishio/top.html

我々が今回マニフェスト検証大会を企画したもう一つの真意としては、今回の検証大会を行うことで、すぐすぐ市民の皆さんに有権者としての投票行動に移ることは出来ないが、マニフェストや公約と言ったものが、選挙を勝つ為の道具に終わってしまってはいけないと言うことである。

つまり、4年に1度の選挙時には、候補者は、選挙に勝つ為に様々な魅力的な政策を打ち出してくるのが通常であるが、果たしてそれが、候補者から、市長に変わってどのように、守られているのか?実現に向けて行われているのか?或いは変更されているのか?(変更の理由も含めて)ということについて、有権者である我々は関心を持ち、確認していかなければいけないと考えている。

即ち、市民にとって、選挙は4年に1度のイベントであっては決していけないし、市政は我々の代表者である市長や市議会やその指示を受けた市職員だけで行うものではなく、我々市民自身の意見や要望が実現されるべく行われなくてはいけないし、それがどのように行われているか?について、主役である市民は常に関心を持ち、知っていなくてはいけないのではなかろうか?

昨今、市民の政治離れが続き、本当に市民の代表者が国会議員から市議会議員に至る政治家となっているのかどうか?また、市民の意見や要望が正しくそれぞれの政策に活かされているのかどうか?そして、その結果を受けてその次の選挙で投票行動に現れているのかどうか?非常な疑問を感じる。

特に道路特定財源や年金問題、様々な税金の無駄使いは勿論、何故決して安くない税金や様々な公的負担を強いられているのに、国債や地方債を始め多額の借金を抱え、行政が行き詰まってしまったのだろうか?

私は、マスコミで叫ばれている無駄遣いや特定の受益者がいることは否定はしないが、それを「行政サービス」の向上を理由に進められ、それを快く受け入れてきた市民の側にも大きな責任が有ると考えている。

つまり、行政サービスは、決して無料で行われているわけではなく、本来自分ですべきものや、近隣でお互いにすべきものについても、行政のサービスを頼るようにどこかで、我々が望んできた結果ではないだろうか?

我々の住む桐生市は既に超高齢社会となってしまっている。今後確実に税収がUPすることも、人口が激増することも、少なくとも短期的には望めないのが事実。

この事実を踏まえた上で、我々は、どのようなサービスを行政に求め、どのようなサービスを自分たち自身の手で行うことを納得し、どこまでの負担なら受け入れられるのか?真剣に市民一人ひとりが考えていく時代に来ていると考えている。

日中首脳対談どちらに軍配!?

 中国の胡錦濤国家主席が、昨日早稲田大学で記念講演を行う外では、愛国心の強い中国人学生と、チベット開放を叫ぶ学生による双方のデモが繰り広げられ、騒然としていたとのニュース報道が目に付いた。

 自国を愛すると言う気持ち、それから、人権を擁護していきたいという純粋な気持ちについては、双方正しいし、多いに主張すべきものであると思う。しかし、参加しているメンバーが純粋な気持ちによる人だけであったのか?については一寸疑問が残る。

 また、人権問題については、中国も、大国として、堂々と立派な解決方法を出して欲しいと望むばかり。報道で私が注目したものとは、早稲田大学の学生が、「結局大学を政治的に利用されただけでは?何の為の記念講演か?」と冷静なコメントを発していたが、私も全く同感である。いくら、すばらしい講演をされても、その国家の真の品格はどうなのだろうか?

 また、卓球の福原愛選手との「ピンポン外交」についても疑問が残る。確かに、両国民の親しみやすいスポーツを上手にこなす姿、平和のイメージは大切だし、見せ場としてはすばらしい。しかし、昨日記載したように、パンダ外交と同様、本論・具体論で結論や決定が出来ない現状をうまくカムフラージュしているだけのように見えて仕方ない。

 しかし、終始笑顔を振りまき、スポーツに講演に、多くの著名人とスマートに会見をこなし、中国本土にその様子を生中継し、同日に聖火のエベレスト登頂を成功させ、しかもその登頂ランナーには問題のチベット族の女性ランナーを充てる…主席の外交…中国の外交は、卓球の現場にいながら、私は「行わない」と硬い表情を崩さない、ホスト国の首相の外交より残念ながら、数段勝るような気がする。それこそ、同首相の発言にある、「戦略的な卓球=外交」について行けない姿が感じられてしまった。

 そして、何より困るのは、今政治不信、与党不信、内閣不信の中、首相が続投厳しいとして、誰が火中の栗を拾うのだろうか…自らの政治生命を賭けて…と考えると、気持ちが暗くなるばかり。

 そんな中、政権獲得を具体的な視野に入れたい、民主党は、これまで、ガソリン暫定税率に見るように、衆議院で可決された議案を参議院で審議拒否する姿勢を示してきたが、どうやら、道路整備費財源特例法のみなし否決が確定する今月13日前に参議院での議決を行うような姿勢に転じる見込みとのこと。

 わが国で、本来何故二院制となっているのか?参議院の存在意義も含めて、大きな転換であると思われる。審議せず、時間稼ぎをする手段、可決を遅らせる手法ではなく、正々堂々と審議を行い、議論を尽くし、対案を提出し、何故反対なのか?どのようにすれば、より良い解決策が有るのか?真剣に議論をして欲しい。それでこそ、二院制の意義、二大政党制の意義が出て来るのではないだろうか?

 我々青年会議所でも、理事会や総会にて審議を尽くすが、例え少数意見であっても、出来る限り尊重し、意見を求め、より良い解決策を模索すべく審議していく。時として、それは、非常に効率の悪いやり方となってしまうこともあるが、声の大きい人、多数派のみの意見を尊重するだけでなく、真摯に広く多くの意見を合わせてこそ、正しい方針や結論が出てくるのではと信じてやまない。

 効率の悪さで言えば、今月も昨日2回目の理事会を開催し、本日更に臨時理事会が開催される。色々な意見を求めるが故の結論。意見を言う理事も、議案を提出する委員長も誠心誠意、自身の発言に責任を持って議論に臨んでいるし、今後もそうありたいと考えている。

 ところで、本日の日経新聞に、就任から1ヶ月を迎えた白川日銀総裁に関する記事が掲載されていた。日銀の4月末の発表によれば、「景気は後退しているが、緩やかに拡大している」とあるが、同日の新聞に、さすがのトヨタ自動車も、今期に関しては、9年ぶりの減収減益を発表している記事が皮肉の象徴のように掲載されていた。

 トヨタ自動車の不振の理由は為替と、サブプライムの影響による北米市場の不振、ガソリンの高騰による大型車不振(小型車は好調)、鉄鋼を始めとする原材料費の高騰にあるようだ。今年の年初めには強気な発言が紙面を賑わせていた同社も、現在の潮流である、原材料高と、世界的な不景気の影響は拭うことが厳しいというのは、何とも暗く、残念である。

 何か閉塞感が漂うような昨今であるが、出来るだけ明るい話題を提供していきたいし、そうした話題に溢れる世の中にしていきいたい。

中国と地域

 昨日行われた、中国胡錦濤国家主席と、福田首相との首脳会談、終了後に日中共同宣言が発表され、1972年の日中共同声明、1978年の日中平和友好条約、1998年の日中共同宣言に続く、歴史的な宣言がなされた。

 同首脳会談では、両国を中心に戦略的互恵関係を推進し、アジア太平洋地域への貢献についても触れる方針も発表され、アジア太平洋圏でのお互いの立場を認識していくような内容となったが、その実、個別問題では、総論については、理解をお互いに示しながら、各論では、突っ込んだ具体的な内容を避けて通るような、非常に微妙な会談となったようだ。

 それは、国境付近でのガス田開発での具体的な線引きについても、冷凍餃子中毒問題についても、北朝鮮の各開発問題についても、お互いに協力して行こう、立場を尊重しようということでの合意は見たが、具体的な配分や合意項目の詳細については触れられることなく終わった。

 チベット問題に至っては、腫れ物を触るような程度の話しかできず、歴史問題や北朝鮮での拉致事件、日本の国連常任理事国入りについてなどは、やんわりと交わされてしまっているようなニュアンスであった。

 それは、1国2制度を許容し、貧富の差を否定し、平等分配を目指す共産党社会主義政権が資本主義を導入し、沿海・内陸、南・北での経済格差、所得格差を大幅に産み出してしまったばかりか、急成長する経済の見返りとして、水や電力といったインフラの不足や公害と言った弊害を貧しい農村部に押し付けてしまっている現状…中国大多数の民衆の見えない不満…チベットを始めとする内国問題、中国新派の北朝鮮とアメリカを始めとする貿易相手国との間に様々な矛盾を生じてしまっている現状から、明言できない中国の現実が見え隠れする。

 また、日本に於いても同様、食料供給先として、工業製品の生産委託先、輸入先として無くてはならない隣国の大国と、その経済的、政治的な考え方の違いや、日本国内で抱える様々な政治不信や内閣支持率低下の打開策として、重要視しなくてはならない外交相手としての中国への配慮と守るべき国益との間で矛盾が生じ、その対応に苦慮する政治的配慮が見え隠れしているのではないだろうか?

 即ち、両国には、お互いを極度に刺激できない現状と、何とか、隣国として協調していかなければならない現実と、アジア圏での主導権争いの中で、表面的にはニコニコとお互いの立場を尊重した態度を示しつつ、個別の具体的項目では、まだまだ詳細が詰めきれていない…いや、詰めることの出来ない現実を先送りしてしまっている実態があるのではないかと強く感じた。

 だからこそ、有効の象徴として、貸し出しを即座に打ち出したパンダの件などは、格好の材料であったのではなかろうか?分かりやすく、渡りに船であり、実態経済や政治問題には全く影響を与えない文化的なものであるからである。

 さて、話題は変わるが、来週月曜日には、いよいよ桐生市長のマニフェスト検証大会が先月開催された、みどり市長のそれに引き続き開催される。

 本日、改めて桐生市役所の記者クラブにおいて、記者発表を行ってきたが、非常に好意的に受け取られた感があった。また、前回みどり市での検証大会におけるアンケート結果についても発表させていただいたが、参加者の8割から寄せられた有効回答率や、6割を超える市民からの高い評価について、質問が寄せられたりもした。

 市長のマニフェストの検証大会では、実際に選挙時に掲げたマニフェストが守られているのか?どのように進捗しているのか?について、市長の自己評価に加え、外部の専門家による第三者評価も加わり、客観的な判断が行われ、現状の状態について、かなり突っ込んだ説明も行われる。

 ただ、一方で、選挙前と違い、実際に聞いた結果を投票行動に直結しづらく、また、公開討論会とは違い、対極の候補者も存在せず、かなり専門的な内容も多くなるので、若干難しく考えてしまう傾向はあるかもしれない。

 しかしながら、今後の行政のあり方、財政的状況、成長社会から、成熟・高齢社会への転換点にある現在、今までのように、行政を役所任せ、人任せには出来ない現実もある。また、限られた原資をどのように効果的に配分していくか?我々にとっての優先順位も考えていかなければならない。

 是非、現状を正しく把握し、自分たちの住むまちは自分たちで作っていくという気持ちになっていただく意味でも、5月12日にはご参加いただき、一緒に桐生市の現状と今後の方向性について考える機会としていただきたい。

連休中には色々有りましたね。

 昨日で、今年のゴールデンウィークも終了した。今年は、旗日の配列が悪く、大型連休となった企業もあったとおもうが、5月3日から昨日までの4連休となってしまった企業、逆に休日こそ仕事を…と休まずに営業を続けた企業も多いと思う。

 連休明けの今日は、早くも夏日。汗ばむような陽気であった。通常連休中に見頃を迎える、赤城山麓の千本桜も今年は、連休前には散り、北海道に至っては、桜の花見を謳ったパック旅行も急遽予定日を変更するなど、対応が必要なほど、今年は暖かかったようである。これも異常気象…温暖化…地球環境の影響なのか?

 さて、このブログを休んでいた11日間には、政治経済始め、様々なジャンルで多くのニュースが流れた。特に4月30日に衆議院本会議でガソリン税を始めとするの暫定税率が、租税特別措置法改正案の再可決が行われ、5月1日より1リットル当たり25.1円の暫定税率が復活した。

 これは、衆議院で上記法案が2月29日可決後、参議院議員で60日以上議決されなかった為、憲法59条の衆議院の優越権の規定により、衆議院で3分の2以上の賛成により可決となった。

 今回のように、参議院で議決されなかったという理由で再可決をするというのは、1952年の国立病院会計資産譲渡特措法以来56年ぶり2回目という、珍しい出来事であったようだ。

その歴史的な舞台だが、議案の審議は尽くされること無く、暫定税率の用途についても余り見直しされることなく、そして、反対を表明した民主党を始めとする複数の政党の出席はないまま可決となってしまった。

4月30日には、私は専務理事と一緒に両毛地域青年会議所協議会(6JC)の理事長幹事会議に出席しており、6月の合同例会の審議を行っており、活発な意見が出された為、会議が延長され、懇親会を終えて帰途に就いたのは、午前零時を廻ってしまった。

その帰り道である、国道50号線の多くのスタンドでは、往きにあった、スタンドで暫定税率の課税されていない最後のガソリンを求めるドライバー達の長蛇の列は既になく、代わりに30円前後値上げされた新しい値札が表示されていた。

しかし、一寸待てよ?ガソリンの課税方式は、蔵出し税だから、午前零時過ぎのガソリンは明らかに課税前のガソリンである。これは便乗値上げではないか?

確かに、安いガソリンを求める消費者に対応するため、ガソリン在庫は少なくなることは予想できるが、何故、即値上げなのだろうか?翌日の新聞には、4月に値下げした損失の穴埋めとのことだが、果たしてこれが公正な理由になるのだろうか?

また、今回の混乱は政治が産み出したもの。ガソリン販売業者も被害者なのだろうが、もっと被害を受けたのは、便乗値上げに付き合わされた一般市民である。来週には、道路特定財源の2009年からの全額一般財源化が閣議決定する予定の一方で、同日に道路特例法改正案が再可決される予定となっている。同じ日に、一般財源化と、目的税の合法化という、全く逆の決定がそれぞれなされるらしいが、一体どういうことなのだろうか?

益々、国民の不信感と反感は強まるばかりである。4月27日の補欠選挙に敗北した、自民党は、今後…少なくとも今年一杯は意地でも解散総選挙は行わないようであるが…20%を割り込んだ政府の支持率は、今回の中国外交により回復できるとは到底思えない。

また、ガソリン騒ぎの影で、5月にも多くの食料品が値上げとなった。そして、大国アメリカを筆頭に、明らかに世界経済が低迷の色が濃くなり、これから、私たちの生活には暗い影を落としている。

最後に5月3日にダライラマ14世の特使が訪中し、微妙な交渉が始まる中、聖火リレーも韓国・北朝鮮を経て5月には中国に戻った。平和の祭典のオリンピックとその象徴である聖火も、中国の圧政への怒りと、反発により汚れ、平和の火種は、紛争の「火種」となってしまった。

そのような中、連休を前に上野動物園の人気者パンダのリンリンが老衰の為、死亡し、折りよく?中国国家主席の来日。早速2頭のパンダの貸し出しについての発言があったが、パンダも政治の道具にされるのだろうか?

相次ぐ、オリンピックの開会セレモニーへの参加辞退が有力選手や各国政治家により発表される中、日本の首相の出席を確認したい所なのだろうが…

本日の両国首脳対談により、両国にとって喜ばしい結果は出るのだろうか?それとも、チベット問題や靖国問題、パンダのように、緩急使い分ける巧みな中国の戦略を受け入れるだけの陳腐な対談に終わってしまうのだろうか?

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