桐生市長のマニフェスト検証大会が本日開催!
本日いよいよ、桐生市長のマニフェストの検証大会が行われる。
日時:5月12日(月)19:00〜
場所:桐生市市民文化会館1階シルクホール
市民文化会館はこちらをクリック:http://www.kiryu-shibun.net/
公開討論会開催についてはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/
ご存知の通り、現在の亀山豊文桐生市長は、丁度1年前の2007年4月の市長選挙時に、4年間の市長の任期中に行うべきことについて、マニフェストを掲げ、多くの市民の皆さんの投票行動によって支持を得て市長となった。
我々(社)桐生青年会議所主催としても選挙前に、市長候補者による公開討論会を開催させていただき、各候補者の市政に対する取り組みについて市民の皆さんに知っていただく機会を作らせていただいた。
そして、それから1年。地元紙などに掲載されている通り、様々な施策が講じられてきているが、果たして、我々に対して、「市長となったら、こうする」とまとめられたマニフェストは現状守られているのだろうか?或いは、確実に進展しているのだろうか?
そのことを市の主役である、市民の皆さんと一緒に、市長に対してその途中経過をうかがう機会として、今回の検証大会を企画させていただいたのである。
亀山市長のマニフェストはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/manifesuto.html
勿論マニフェストは4年間の任期で行うべきものであるので、任期1年が経過した今、全てが実行出来ていることも無いだろうし、もし、既に実行しているのであれば、残りの3年について、新たなマニフェストを作り、目標を作って行って欲しいし、また、逆に就任後、事情で実行不可能な項目があれば、その原因や理由を明確にして欲しいし、次善の策はどのようなものか?どのように修正していくのかも伺いたい。
今回の検証大会では、市長自身による自己評価に続き、評価に客観性を持たせるべく、マニフェストの専門家である、西尾真治氏をお招きして、同氏に客観的な第三者としての評価をいただく予定にしている。そうすることで、我々としては、中立公正な立場としてこの検証大会を進めて行きたい。
西尾真治氏のプロフィールについてはこちらをクリック:http://www.murc.jp/artspolicy/member/nishio/top.html
我々が今回マニフェスト検証大会を企画したもう一つの真意としては、今回の検証大会を行うことで、すぐすぐ市民の皆さんに有権者としての投票行動に移ることは出来ないが、マニフェストや公約と言ったものが、選挙を勝つ為の道具に終わってしまってはいけないと言うことである。
つまり、4年に1度の選挙時には、候補者は、選挙に勝つ為に様々な魅力的な政策を打ち出してくるのが通常であるが、果たしてそれが、候補者から、市長に変わってどのように、守られているのか?実現に向けて行われているのか?或いは変更されているのか?(変更の理由も含めて)ということについて、有権者である我々は関心を持ち、確認していかなければいけないと考えている。
即ち、市民にとって、選挙は4年に1度のイベントであっては決していけないし、市政は我々の代表者である市長や市議会やその指示を受けた市職員だけで行うものではなく、我々市民自身の意見や要望が実現されるべく行われなくてはいけないし、それがどのように行われているか?について、主役である市民は常に関心を持ち、知っていなくてはいけないのではなかろうか?
昨今、市民の政治離れが続き、本当に市民の代表者が国会議員から市議会議員に至る政治家となっているのかどうか?また、市民の意見や要望が正しくそれぞれの政策に活かされているのかどうか?そして、その結果を受けてその次の選挙で投票行動に現れているのかどうか?非常な疑問を感じる。
特に道路特定財源や年金問題、様々な税金の無駄使いは勿論、何故決して安くない税金や様々な公的負担を強いられているのに、国債や地方債を始め多額の借金を抱え、行政が行き詰まってしまったのだろうか?
私は、マスコミで叫ばれている無駄遣いや特定の受益者がいることは否定はしないが、それを「行政サービス」の向上を理由に進められ、それを快く受け入れてきた市民の側にも大きな責任が有ると考えている。
つまり、行政サービスは、決して無料で行われているわけではなく、本来自分ですべきものや、近隣でお互いにすべきものについても、行政のサービスを頼るようにどこかで、我々が望んできた結果ではないだろうか?
我々の住む桐生市は既に超高齢社会となってしまっている。今後確実に税収がUPすることも、人口が激増することも、少なくとも短期的には望めないのが事実。
この事実を踏まえた上で、我々は、どのようなサービスを行政に求め、どのようなサービスを自分たち自身の手で行うことを納得し、どこまでの負担なら受け入れられるのか?真剣に市民一人ひとりが考えていく時代に来ていると考えている。
日時:5月12日(月)19:00〜
場所:桐生市市民文化会館1階シルクホール
市民文化会館はこちらをクリック:http://www.kiryu-shibun.net/
公開討論会開催についてはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/
ご存知の通り、現在の亀山豊文桐生市長は、丁度1年前の2007年4月の市長選挙時に、4年間の市長の任期中に行うべきことについて、マニフェストを掲げ、多くの市民の皆さんの投票行動によって支持を得て市長となった。
我々(社)桐生青年会議所主催としても選挙前に、市長候補者による公開討論会を開催させていただき、各候補者の市政に対する取り組みについて市民の皆さんに知っていただく機会を作らせていただいた。
そして、それから1年。地元紙などに掲載されている通り、様々な施策が講じられてきているが、果たして、我々に対して、「市長となったら、こうする」とまとめられたマニフェストは現状守られているのだろうか?或いは、確実に進展しているのだろうか?
そのことを市の主役である、市民の皆さんと一緒に、市長に対してその途中経過をうかがう機会として、今回の検証大会を企画させていただいたのである。
亀山市長のマニフェストはこちらをクリック:http://www.kiryu-jc.com/manifesuto.html
勿論マニフェストは4年間の任期で行うべきものであるので、任期1年が経過した今、全てが実行出来ていることも無いだろうし、もし、既に実行しているのであれば、残りの3年について、新たなマニフェストを作り、目標を作って行って欲しいし、また、逆に就任後、事情で実行不可能な項目があれば、その原因や理由を明確にして欲しいし、次善の策はどのようなものか?どのように修正していくのかも伺いたい。
今回の検証大会では、市長自身による自己評価に続き、評価に客観性を持たせるべく、マニフェストの専門家である、西尾真治氏をお招きして、同氏に客観的な第三者としての評価をいただく予定にしている。そうすることで、我々としては、中立公正な立場としてこの検証大会を進めて行きたい。
西尾真治氏のプロフィールについてはこちらをクリック:http://www.murc.jp/artspolicy/member/nishio/top.html
我々が今回マニフェスト検証大会を企画したもう一つの真意としては、今回の検証大会を行うことで、すぐすぐ市民の皆さんに有権者としての投票行動に移ることは出来ないが、マニフェストや公約と言ったものが、選挙を勝つ為の道具に終わってしまってはいけないと言うことである。
つまり、4年に1度の選挙時には、候補者は、選挙に勝つ為に様々な魅力的な政策を打ち出してくるのが通常であるが、果たしてそれが、候補者から、市長に変わってどのように、守られているのか?実現に向けて行われているのか?或いは変更されているのか?(変更の理由も含めて)ということについて、有権者である我々は関心を持ち、確認していかなければいけないと考えている。
即ち、市民にとって、選挙は4年に1度のイベントであっては決していけないし、市政は我々の代表者である市長や市議会やその指示を受けた市職員だけで行うものではなく、我々市民自身の意見や要望が実現されるべく行われなくてはいけないし、それがどのように行われているか?について、主役である市民は常に関心を持ち、知っていなくてはいけないのではなかろうか?
昨今、市民の政治離れが続き、本当に市民の代表者が国会議員から市議会議員に至る政治家となっているのかどうか?また、市民の意見や要望が正しくそれぞれの政策に活かされているのかどうか?そして、その結果を受けてその次の選挙で投票行動に現れているのかどうか?非常な疑問を感じる。
特に道路特定財源や年金問題、様々な税金の無駄使いは勿論、何故決して安くない税金や様々な公的負担を強いられているのに、国債や地方債を始め多額の借金を抱え、行政が行き詰まってしまったのだろうか?
私は、マスコミで叫ばれている無駄遣いや特定の受益者がいることは否定はしないが、それを「行政サービス」の向上を理由に進められ、それを快く受け入れてきた市民の側にも大きな責任が有ると考えている。
つまり、行政サービスは、決して無料で行われているわけではなく、本来自分ですべきものや、近隣でお互いにすべきものについても、行政のサービスを頼るようにどこかで、我々が望んできた結果ではないだろうか?
我々の住む桐生市は既に超高齢社会となってしまっている。今後確実に税収がUPすることも、人口が激増することも、少なくとも短期的には望めないのが事実。
この事実を踏まえた上で、我々は、どのようなサービスを行政に求め、どのようなサービスを自分たち自身の手で行うことを納得し、どこまでの負担なら受け入れられるのか?真剣に市民一人ひとりが考えていく時代に来ていると考えている。



