理想的な協働とは?
今朝の読売新聞の群馬版に、「織物の町桐生」の象徴的な建物である、国登録有形文化財の旧金谷レース工場がベーカリーカフェとして再生を果たし、今日から営業を開始するとの記事が掲載されていた。
私も幼少時から馴染みがあり、桐生ののこぎり屋根の代表的な建造物である、工場が、このような形で再生されることに対して、非常な感慨を覚える。
また、一昨年前、(社)桐生青年会議所が市民のまちへの想いを形に変えられるように、資金や人的支援、様々な市民団体とのネットワークを使えるようにと、「まちゆめ基金」を設立し、昨年その第1号となる助成事業として、本工場の、清掃を助成団体と一緒に私もお手伝いさせていただき、汗を掻きながら作業を行ったことは記憶に新しい。
時代とともに、桐生の織物業は厳しさを増し、従事者も事業者も減少を続けているが、このような形で、歴史的建造物が、新しい形で生まれ変わり、市民や観光客に対して開放され、気軽に触れ合えるようになったことは、何よりである。
折りしも来週から、ゴールデンウィークも始まる。家族を連れて、情緒豊かな環境の中で、おいしいパンを頬張りながら、感慨に深けて見るのも、楽しみである。
また、昨日行われた、4月第二例会では、協働のあり方について、群馬大学社会情報学部の小竹先生をお招きし、ご講演をいただいた後、実際に参加者による、ワークアウトが行われ、協働の具体的な姿について議論が交わされた。
先生からは、行政と市民との協働の必要性、協働に際しては、お互いの立場を尊重しながら、決して一方の要求事項を押し付けるものでもいけないし、参加者を「お客様」の立場にまつりあげることなく、共に考え、行動してもらうようにしていくことが必要であると述べられた。
そして、何より、協働にあたっては、まずは、協働の目的を明確にし、「協働」自体が目的とならないようにすること、マンネリがあってはいけないこと、その上で、具体的な協働の内容と相手を選択していくべきであると分かりやすくご講演いただいた。
ご講演の後、参加者である、(社)桐生青年会議所、桐生商工会議所青年部、桐生みどりブロックの商工会青年部のメンバーが6つのグループに分かれて、それぞれ自由に考えた、具体的な協働の相手や目的、協働の形について、小さな紙片に書き上げ、まとめていった。
しかし、この単純な作業であるが、始めてみると以外に難しい。また、同じ青年による、まちづくりの団体である、それぞれのメンバーの考えていることも微妙に異なっており、何より具体的な協働事業の形を明確に記していくことは非常に困難なことであった。
つまり、既存の事業に他団体に協力してもらうことは簡単なのであるが、新しい協働の形、相手、目的となると、筆が止まってしまうのである。そんな中、何とかそれぞれ書き上げてみると、結果は、グループ内の十人前後のそれぞれの参加者が考えていることは以外に近いことも分かった。
昨日の例会において、協働の可能性や必要性については、参加者それぞれ強く認識することが出来たと思う。しかし、本当に大切なことは、今後参加した、3団体がどのように協働を実現していくことが出来るのか?3団体以外との協働の可能性はどうなのか?について具現化していくことである。
いずれにしても、3団体が同じスタートラインに就くことが出来たことは喜ばしい。協働していくことで、単独で事業を行うことより、スピードも影響力も増すことだろう。しかし、具体的に何をどのように行っていくか?について今後真剣に定期的に打ち合わせを行いながら決めていくと言う新たな課題が残されたと思う。
それについて、今年、どこまで進めることができるのか?3団体それぞれの目的や活動内容を踏まえた上で、十分検討した上で、具体的な作業に入っていければ何よりである。
最後に、昨日1999年に発生した山口県光市での母子殺害事件の広島控訴審で「死刑判決」が出された。私は量刑の軽重について論じる立場にはないが、大きく取り上げられている本事件の意義についていくつか考えてみた。
まず、差し戻し裁判で、犯罪者の年齢ではなく、犯罪心理により量刑が変わったことである。つまり、被告人は、犯行後6年余り経過した先の控訴審中に、殺意や強姦理由を覆したが、これに対して、「被告人の矯正の可能性が減じ、罪と向き合う姿勢の排除」といった判決理由が述べられたことである。つまり、被告人の深層心理と、偽りに対して厳しい判決が下りた。それは、弁護側が主張しようとした、被告人の心神問題の酌量も否定する形で現れたことにある。量刑の判断として、反省の有無が大きく寄与したことが挙げられる。
次に死刑という量刑に対して今後大きな議論を巻き起こす可能性のある判決であったこと。死刑…死をもって罪を償うこと…それを判断するのは同じ人間である。裁判員制度がまもなく始まるが、量刑までの判断を裁判員に求めていくということは、市民の誰もがその判断をしなくてはいけない可能性があり、量刑に対しての議論が大きく取り扱われることになろう。
最後に、遺族である、本村氏の9年近い活動により、この事件の審理中に、公判での被害者の意見陳述件を認めた、改正刑事訴訟法など犯罪被害者保護関連3法が成立し、犯罪被害者の救済措置が大きく前進したことが挙げられる。
公判のたびにマスコミ取材に対して、自身の意見を冷静に出来るだけ感情を押さえ、驚くほどの専門知識を交えて社会にその必然性を訴えてきた同氏には、畏敬の念すら覚える。事件発生当時は23歳であったのに、大変な精神的なショックの中で常識を超えるような努力と知識の習得につとめたことと思われるが、一般市民の手により、大きく法曹界の常識が動かされたことは意義深い。
今後、本事件について様々な情報が伝達されていくことと思われるが、皆さんはどのようにお考えになるだろうか?
私も幼少時から馴染みがあり、桐生ののこぎり屋根の代表的な建造物である、工場が、このような形で再生されることに対して、非常な感慨を覚える。
また、一昨年前、(社)桐生青年会議所が市民のまちへの想いを形に変えられるように、資金や人的支援、様々な市民団体とのネットワークを使えるようにと、「まちゆめ基金」を設立し、昨年その第1号となる助成事業として、本工場の、清掃を助成団体と一緒に私もお手伝いさせていただき、汗を掻きながら作業を行ったことは記憶に新しい。
時代とともに、桐生の織物業は厳しさを増し、従事者も事業者も減少を続けているが、このような形で、歴史的建造物が、新しい形で生まれ変わり、市民や観光客に対して開放され、気軽に触れ合えるようになったことは、何よりである。
折りしも来週から、ゴールデンウィークも始まる。家族を連れて、情緒豊かな環境の中で、おいしいパンを頬張りながら、感慨に深けて見るのも、楽しみである。
また、昨日行われた、4月第二例会では、協働のあり方について、群馬大学社会情報学部の小竹先生をお招きし、ご講演をいただいた後、実際に参加者による、ワークアウトが行われ、協働の具体的な姿について議論が交わされた。
先生からは、行政と市民との協働の必要性、協働に際しては、お互いの立場を尊重しながら、決して一方の要求事項を押し付けるものでもいけないし、参加者を「お客様」の立場にまつりあげることなく、共に考え、行動してもらうようにしていくことが必要であると述べられた。
そして、何より、協働にあたっては、まずは、協働の目的を明確にし、「協働」自体が目的とならないようにすること、マンネリがあってはいけないこと、その上で、具体的な協働の内容と相手を選択していくべきであると分かりやすくご講演いただいた。
ご講演の後、参加者である、(社)桐生青年会議所、桐生商工会議所青年部、桐生みどりブロックの商工会青年部のメンバーが6つのグループに分かれて、それぞれ自由に考えた、具体的な協働の相手や目的、協働の形について、小さな紙片に書き上げ、まとめていった。
しかし、この単純な作業であるが、始めてみると以外に難しい。また、同じ青年による、まちづくりの団体である、それぞれのメンバーの考えていることも微妙に異なっており、何より具体的な協働事業の形を明確に記していくことは非常に困難なことであった。
つまり、既存の事業に他団体に協力してもらうことは簡単なのであるが、新しい協働の形、相手、目的となると、筆が止まってしまうのである。そんな中、何とかそれぞれ書き上げてみると、結果は、グループ内の十人前後のそれぞれの参加者が考えていることは以外に近いことも分かった。
昨日の例会において、協働の可能性や必要性については、参加者それぞれ強く認識することが出来たと思う。しかし、本当に大切なことは、今後参加した、3団体がどのように協働を実現していくことが出来るのか?3団体以外との協働の可能性はどうなのか?について具現化していくことである。
いずれにしても、3団体が同じスタートラインに就くことが出来たことは喜ばしい。協働していくことで、単独で事業を行うことより、スピードも影響力も増すことだろう。しかし、具体的に何をどのように行っていくか?について今後真剣に定期的に打ち合わせを行いながら決めていくと言う新たな課題が残されたと思う。
それについて、今年、どこまで進めることができるのか?3団体それぞれの目的や活動内容を踏まえた上で、十分検討した上で、具体的な作業に入っていければ何よりである。
最後に、昨日1999年に発生した山口県光市での母子殺害事件の広島控訴審で「死刑判決」が出された。私は量刑の軽重について論じる立場にはないが、大きく取り上げられている本事件の意義についていくつか考えてみた。
まず、差し戻し裁判で、犯罪者の年齢ではなく、犯罪心理により量刑が変わったことである。つまり、被告人は、犯行後6年余り経過した先の控訴審中に、殺意や強姦理由を覆したが、これに対して、「被告人の矯正の可能性が減じ、罪と向き合う姿勢の排除」といった判決理由が述べられたことである。つまり、被告人の深層心理と、偽りに対して厳しい判決が下りた。それは、弁護側が主張しようとした、被告人の心神問題の酌量も否定する形で現れたことにある。量刑の判断として、反省の有無が大きく寄与したことが挙げられる。
次に死刑という量刑に対して今後大きな議論を巻き起こす可能性のある判決であったこと。死刑…死をもって罪を償うこと…それを判断するのは同じ人間である。裁判員制度がまもなく始まるが、量刑までの判断を裁判員に求めていくということは、市民の誰もがその判断をしなくてはいけない可能性があり、量刑に対しての議論が大きく取り扱われることになろう。
最後に、遺族である、本村氏の9年近い活動により、この事件の審理中に、公判での被害者の意見陳述件を認めた、改正刑事訴訟法など犯罪被害者保護関連3法が成立し、犯罪被害者の救済措置が大きく前進したことが挙げられる。
公判のたびにマスコミ取材に対して、自身の意見を冷静に出来るだけ感情を押さえ、驚くほどの専門知識を交えて社会にその必然性を訴えてきた同氏には、畏敬の念すら覚える。事件発生当時は23歳であったのに、大変な精神的なショックの中で常識を超えるような努力と知識の習得につとめたことと思われるが、一般市民の手により、大きく法曹界の常識が動かされたことは意義深い。
今後、本事件について様々な情報が伝達されていくことと思われるが、皆さんはどのようにお考えになるだろうか?
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工事中に現場を訪れたこともあり、思い入れもある。
古いから・・・という理由だけで取り壊すのではなく、共存していけることは望ましい。
古い町並みを守っている町には、観光客が訪れるようになる・・・そんな大きな流れになってほしいと思う。
裁判員制度・・・昨年会社にて説明を受けたが、誰でも招集される可能性があり、人を裁く立場になりうる。
その後メルマガにて情報収集に努めているが、どうしても不安はある。
やはり周知不足があると思う。
複数人殺せば、死刑になるから・・・という加害者にも本当に死刑はだめなのか・・・?死刑にならないことが分かっていれば犯罪も減るのか・・・そんな疑問が残る。死刑はどうあれ、悪いことは悪い。そうした基本が崩れていると思うのは私だけでしょうか・・・