環境問題とビジネス
洞爺湖サミットを来月に控え、環境に対する認識や問題意識が非常に高まっており、TVや新聞などマスコミで毎日のように取り上げられている。
また、原油など原材料の高騰が続き、省エネを謳った商品が市場競争力をもったり、エコを謳った商品を嗜好する消費者も非常に増えてきている。
2005年に発効した、京都議定書では、1990年を基準年度として、各国のCO2排出量を2008年から2012年の間で削減して行こうと、条約締結各国で取り決められ、我国では、1990年度比6%の削減を約束し、現状、逆に6%程度排出量が増えてきてしまっている現実がある。
ところで、京都議定書については、必要性を認めながらも、多くの国や企業で不満が高いのも事実。それは、1990年度という基準年度に対する認識がある。例えば、わが国では、1970年代にオイルショックを経験したり、生産効率やエネルギー効率を高める自助努力を多くの産業分野で行ってきた為、既にエコ先進国として、1990年度には、相当のCO2排出削減努力を行ってきており、6%の基準というのが、厳しいと言う現実がある。
例えばロシアのように1990年度は旧ソビエトとして非効率的な作業環境で生産・消費活動を行ってきたが、ソビエト崩壊により、1990年代に産業崩壊し、漸く昨今経済再建しつつある国にとっては、現在より1990年度のほうがCO2排出量は少ないという事情もあるからである。
また、京都議定書は大量のCO2排出国であるアメリカや中国などが批准していない為、条約締結している国は限定的であり、全世界のCO2排出量の25%を排出する国の同意しか得ていないと言う実態…即ち、条約締結国だけでは、CO2排出抑制効果は非常に限定的になってしまう点がある。
また、条約批准各国では、産業別に排出量の規制や負担を設けようとしているが、産業別の基準も明確性、公平性が余り無いと言うことが、産業界からの批判対象となっている。
しかしながら、昨今、原油を始めとする様々な原材料の高騰により、省エネやエコが一つの産業として着実にビジネスとして成長しつつある現実もある。
私は、排出するCO2を欧州のように、金融商品として、市場で売買することに対しては、マネーゲームの色相が高まりそうなので余り賛成できないが、石油に代わる、クリーンエネルギー開発が進み、更には、石油高騰により、経済的メリットが出てきた為、多くの事業者が参加し加速していることは大いに歓迎したい。
特に、これまで排出するだけであった、廃熱や排水を資源として再利用したり、廃棄された希少金属の再生事業が事業として成り立つ環境、廃棄していたゴミが、再生資源として再利用できるリサイクルネットワークが事業として成り立つ環境になってきたということは歓迎すべきことであると考える。
また、地球に優しい電気自動車がランニングコスト面で圧倒的に有利だから、郵便局で導入に踏み切るようだが、こうした動きが進むことで、研究開発コストの負担も少なくなり、加速化されるだろう。
或いは、経済低迷が深刻化する北米市場でも、燃料大量消費型の大型乗用車の販売不振の中で、日産のアルティアやトヨタのカムリなど省エネ型の中級車種は健闘し、増産に踏み切ろうとしている。アメリカでの5月の自動車販売実績はそうした省エネに強い日本車のシェアは40%に達しているという。
今は、車体価格が高く、購入しづらいハイブリッド車なども、現状のガソリン価格を考えれば、購入しようとする市民も多くなり、量産効果から、車体価格の引き下げ効果を産むことも十分考えられる。
今、直ぐに加熱する原材料市場を本来の需給バランスにあった価格水準に戻すことは厳しいかもしれないが、是非、こうした時代だからこそ、省エネ、エコ商品の開発に各社で取り組み、我々の子供たちにも私たち同様の住みやすい世の中を残してあげたいと考える。
最後に、そうは言っても、許せないのは、我々が日々の生活必需品である燃料を一部の投機家によるマネーゲームとしてあぶく銭を稼ぐ道具として利用し、更には穀物などの食料でさえ、そうした道具としてしまい、貧しい弱いものの生きる権利すら奪ってしまうという、余りに醜い実態である。己の金儲けをするのであれば、もっと違う方法でフェアに行ってもらいたいものだ。
また、原油など原材料の高騰が続き、省エネを謳った商品が市場競争力をもったり、エコを謳った商品を嗜好する消費者も非常に増えてきている。
2005年に発効した、京都議定書では、1990年を基準年度として、各国のCO2排出量を2008年から2012年の間で削減して行こうと、条約締結各国で取り決められ、我国では、1990年度比6%の削減を約束し、現状、逆に6%程度排出量が増えてきてしまっている現実がある。
ところで、京都議定書については、必要性を認めながらも、多くの国や企業で不満が高いのも事実。それは、1990年度という基準年度に対する認識がある。例えば、わが国では、1970年代にオイルショックを経験したり、生産効率やエネルギー効率を高める自助努力を多くの産業分野で行ってきた為、既にエコ先進国として、1990年度には、相当のCO2排出削減努力を行ってきており、6%の基準というのが、厳しいと言う現実がある。
例えばロシアのように1990年度は旧ソビエトとして非効率的な作業環境で生産・消費活動を行ってきたが、ソビエト崩壊により、1990年代に産業崩壊し、漸く昨今経済再建しつつある国にとっては、現在より1990年度のほうがCO2排出量は少ないという事情もあるからである。
また、京都議定書は大量のCO2排出国であるアメリカや中国などが批准していない為、条約締結している国は限定的であり、全世界のCO2排出量の25%を排出する国の同意しか得ていないと言う実態…即ち、条約締結国だけでは、CO2排出抑制効果は非常に限定的になってしまう点がある。
また、条約批准各国では、産業別に排出量の規制や負担を設けようとしているが、産業別の基準も明確性、公平性が余り無いと言うことが、産業界からの批判対象となっている。
しかしながら、昨今、原油を始めとする様々な原材料の高騰により、省エネやエコが一つの産業として着実にビジネスとして成長しつつある現実もある。
私は、排出するCO2を欧州のように、金融商品として、市場で売買することに対しては、マネーゲームの色相が高まりそうなので余り賛成できないが、石油に代わる、クリーンエネルギー開発が進み、更には、石油高騰により、経済的メリットが出てきた為、多くの事業者が参加し加速していることは大いに歓迎したい。
特に、これまで排出するだけであった、廃熱や排水を資源として再利用したり、廃棄された希少金属の再生事業が事業として成り立つ環境、廃棄していたゴミが、再生資源として再利用できるリサイクルネットワークが事業として成り立つ環境になってきたということは歓迎すべきことであると考える。
また、地球に優しい電気自動車がランニングコスト面で圧倒的に有利だから、郵便局で導入に踏み切るようだが、こうした動きが進むことで、研究開発コストの負担も少なくなり、加速化されるだろう。
或いは、経済低迷が深刻化する北米市場でも、燃料大量消費型の大型乗用車の販売不振の中で、日産のアルティアやトヨタのカムリなど省エネ型の中級車種は健闘し、増産に踏み切ろうとしている。アメリカでの5月の自動車販売実績はそうした省エネに強い日本車のシェアは40%に達しているという。
今は、車体価格が高く、購入しづらいハイブリッド車なども、現状のガソリン価格を考えれば、購入しようとする市民も多くなり、量産効果から、車体価格の引き下げ効果を産むことも十分考えられる。
今、直ぐに加熱する原材料市場を本来の需給バランスにあった価格水準に戻すことは厳しいかもしれないが、是非、こうした時代だからこそ、省エネ、エコ商品の開発に各社で取り組み、我々の子供たちにも私たち同様の住みやすい世の中を残してあげたいと考える。
最後に、そうは言っても、許せないのは、我々が日々の生活必需品である燃料を一部の投機家によるマネーゲームとしてあぶく銭を稼ぐ道具として利用し、更には穀物などの食料でさえ、そうした道具としてしまい、貧しい弱いものの生きる権利すら奪ってしまうという、余りに醜い実態である。己の金儲けをするのであれば、もっと違う方法でフェアに行ってもらいたいものだ。
コメント
エコかぁー!
実際、co2が何%減ったかなんてどーやって調べるんだか!! 早く、発電所の効率の悪さを変えていくべきだ! 一刻も早く、エコ発電を!!火力発電を無くそう
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食料問題は、更に深刻であり経済金儲け重視のため、食料よりもバイオ燃料・・・という悪循環が発生して食糧不足・・・何か根本的に間違えている。
社会自体が歪んでしまっているが、多くの問題を後回しにして空転している国会。自分達の代表が足を引っ張り合い、審議を拒否し、優先的課題も後回し・・・やはり何かおかしい・・・